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―――捨てられる 捨てられた人間 ―――彼らは悲しみ、苦しみ、嘆くしかないのでしょうか ―――いいえ、それはちがう ちがうと思う 壱 新暦六十九年 そこには雑音が満ちていた。 研究員たちの怒号、ざわめき、悲鳴。狼狽した無数の足音。金属のつぶれる音。 頑健に造られたはずの研究施設の構造材が倒壊し、その破片をぶちまける音。 そして、それらを焼き焦がす炎の音。 匂いが満ちていた。 嗅ぎなれた、眼を醒ますたびに希望なんて無いのだと自分を暗鬱にさせた薬品臭。 無機質で冷たい金属と壁の匂い。窓の無い部屋にこもったカビの匂い。 そして、それらを焼き焦がして燃えあがる炎の匂い。 彼は衰弱していた。弱り切っていた。 苛酷な扱いを受けた幼い身体は、もとが何とも知れない細長い金属の構材を杖にしてようやく歩を進めていた。 疲労と熱とで、全身から汗がふき出す。身体が金属の杖につかまったまま、くずおれる。 いっそこのまま冷たい床に横たわりたいと身体と心が悲鳴をあげている。 空間を満たす金属と薬品の焼ける刺激臭と黒煙に、思わず彼はむせ返った。 逃げ惑う研究員たちの誰も、彼を気にかけなかった。怪我を負っている者も大勢いた。 瓦礫の下から伸びる手の主などは、生きているか死んでいるかも彼には分からない。 暗く濁った瞳に浮かぶのは、いつのまにか生まれついてからの伴侶であるかのように染み付いた諦観と、この状況への困惑と怯え。 ―――そしてほんのわずかだが、確実に、泥のように沸く感情。喜悦。 それが口を突いて出る『ざまあみろ』と。 「ハハッ……いい気味だ」 音となった言霊は、力を持って彼の心を黒い喜びにひたした。 だがそれは、心をざらつかせた。 生まれて初めて感じた胸のすくような喜びと、それを上回る不快感。 彼の幼い精神はそれを持て余した。 だから、気づかなかった。すぐそばで、瓦礫に半身を埋もれさせている男に。 「チクショウ! なんでこんなことにっ!」 知っている男だった。研究と言って、散々に自分に痛苦を味あわせた研究員。 その声が激しく大きな語調で響くだけで、彼の小さな身体はすくみあがった。 逃げ出したかった、だが逃げ出すことすら怖かった。だから眼が合ってしまった。 「NP3228、なぜお前がここに……。いや、それより。助けてくれ」 すがるような視線。声。付近に研究員の仲間はいない。 自分をモルモットとして扱った男の無力で、無様なさま。 だが、幼い心に刻まれた恐怖は、強制力を働かせた。 杖を支えに立ち上がる。 気だるい身体を引きずるように歩を進める。 男に近づいた。男は自身の身の丈の倍ほどもある瓦礫にすっかり挟まれ身動きをとれずにいる。 持ち上げる。高く、高く。 ――――杖を。凶器と変じた金属の塊を。 「おい、、、やめろ。あんなに世話をしてやったってのに。この恩知らずが!」 世話。研究員たちは、この男は、実験動物を扱う以上の扱いを彼にしたことは無い。 死なぬように、モノのように、動物のように。ただそうしただけ。 燃えるように泥が沸く。幼い心はそれが殺意だとは理解できなかった。 ただ振りあげた手のなかの凶器に、己の魔力がなかば無意識に流れた。 彼の生まれ持った資質に従い、それは魔法術式を通すことなく電気へと、致死の雷撃へと変換された。 限界を超えて注ぎ込まれた魔力は、弾けるように空中放電を起こすそれは周囲の空気を焼いた。 血のにじむほどに握りしめた金属が熱を帯びている。 手のひらを焼く音がした。肉の焦げる匂いがした。 痛みを無視することには慣れてしまっていた。 いや、その痛みは自分のモノではないのだと、他人のモノだと、そう思うことに慣れていた。そうでなければ壊れていた。 そして威力をいや増す雷撃は先端に収束し、彼の殺意にふさわしい形を具現化した。 コロすための形―――槍の形。槍の穂先を。 「やめろ。殺すつもりか。この、できそこない、、、、デッドコピーめ!」 始め黒くにごり、次に血のように禍々しい赤い炎を宿した彼の心は、最後に白熱化した。 それを映すように、彼の槍もまた極限まで圧縮された雷撃を白い刃と成す。 空中にあふれた雷撃が抉るような物質的破壊力すらともなって、周囲の壁といわず床といわず、周囲の空間を荒れ狂う。 彼の心には、もう怒りも憎悪も、殺意もなかった。 ――――ただ振り下ろした。思い切り。 * * 彼は走っていた。 左右の手のひらがひどく痛む。 焼け爛れ、癒着した皮膚を無理やり引き剥がしたそれは絶えず血をにじませ、耐えがたい激痛を彼に送り続ける。 どこを目指しているかなどもうわからない。 立ち止まればくずおれて、もう二度とは立ち上がれないという恐怖にただ突き動かされる。 様々な思念が、彼の心の表層に浮かびかけては沈んでいく。 そして徐々に、なにも浮かばない虚ろとなっていく思考。 最後に、ふと残った思念があった。『星を見たい』。 最後にそれを見たのはいつだったか。時間の感覚も、記憶も、ひどく曖昧だ。 ただそれが希望だと、自分にそう思い込ませてとうに尽きた体力を振り絞る。 酸素不足にあえぐ脳は、眼は、すでに前を見ていない。 自分が今ぶつかったのは壁なのか、それとも床なのか、本当に自分は走っているのかさえわからなかった。 だがそれも限界。意識もなにかもが闇に溶けようとしていた。 そんなときに、ふと。感じたのだ。風を。 「あァ……」 それは何と言い表すべきか。 これは弾道だと、そう思った。 彼を閉じ込めていた研究施設。檻を。彼の心を縛りつけていた闇を。 全てをまっすぐに、まっすぐに貫いていた。風穴を開けていた。 直径で数メートルほどあろうかというその大きな大きな弾道は、床を砕き、天蓋を割り、ぶ厚い壁をも貫いて、空につながっていた。 ただきれいだと思った。そこからさしこむ光は、そこから見える空は、そこから見える瞬く星たちは。 「……きれいだ」 その星たちの中に、ひときわ強く、虹色に瞬く星があった。 普通の星ではない。流れ星だって、円弧を描くように空を旋廻したりはしない。 なにより七色の虹を無秩序に撹拌して凝縮したような、そんな異様なモザイクとなった強い強い光。 そんな光を灯す星は、自然にはありえない。 その虹色の流れ星が動きを止めた。眼が合った。いや、合ったと思った。そんな気がした。 次の瞬間、星が激しく瞬いた。 網膜を焼かんばかりに輝くそれを、しかし瞬きもせずに目に焼き付けた。 その虹色の輝きが最高潮に達した瞬間。 星が、疾走した。虹色の光を炸裂させ、それを推進力に変えて。 速い。本当に速い。眼で追うことは叶わなかった。知覚すらできなかった。 ただ、あの異様な虹色に輝く光の尾の軌跡だけが、星の瞬く空を我が物顔で。 まるで星空を二つに割るように鮮やかに描かれていた。 次に感じたのは衝撃。 それは大気を震わせ、大地を震わせた。繊細な皮膚や筋繊維などものともせず、内臓にまで重く響く衝撃。 その次に感じたのは風だ。 澱んでいた空気と、白煙黒煙、瓦礫までが空へと巻き上げられた。もちろん彼の身体も。何もかもが世界全てが吹き飛ばされたようにすら感じた。 最後にもう一度、衝撃。 宙を舞ったそのままに、半ば崩れた壁に叩きつけられていた。 不思議と、痛みは感じなかった。 ただ何故か、熱かった。心が振るえ、そこから力が溢れてくる感覚。 それは、心の奥底に焼きついたあの虹色の光から与えられたものだと感じた。 そう信じたかった。そう信じた。 ならば自分も、こんなところで這いつくばってなどいられない! 世界には、あんなにも見たことのないものが、あふれるほどにちらばっていると知ったのだ。 それに気付いたならば、もうこんな見飽きた場所にいる時間は一瞬でも惜しい。 行くんだ。速く。もっと速く! 溢れる心の熱が身体を突き動かす。 それは力となり、力はみなぎる魔力となり、それは魔法になった。 魔力による単純な肉体強化。れが彼を加速させる。もっともっと速くと。穿たれた弾道の中を駆ける。 それはいびつな破孔だ。とても歩ける場所など無い。足場など無い。 だがそれがどうしたと。駆ける。走る。 床だったもの、壁だったもの、天井だったもの。それらを蹴り飛ばし、重力にも囚われずに、縦横無尽に駆け抜けた。 もうそろそろ弾道の先、空へと達しようというとき。呼ぶ声が聞こえた。 聞き覚えの無い、困惑と焦燥を滲ませるまだ若いだろう女の声。 だが彼に聞く気はさらさら無い。さらに加速する。 呼び声の主は対応を変えたようだ。 呪文。いや、デバイスに圧縮された呪文の解放を命じる声だ。 金色に輝く魔力光が収束し、疾走する身体を捕らえるべくバインドを結実しようとしている。 捕まってたまるか。 最後の加速。彼は渾身の力で、撃ち抜かんばかりに最後の一歩を蹴った。 結実したバインドが虚空を掴む。 そして彼は弾道から、文字通りの弾丸のごとくに飛び出した。 その瞬間、閃光が左右に走った。閃光の中心が青白い半球となって膨れ上がる。 強烈な光球だ。直視できないほど。 研究施設はその閃光に呑み込まれ、間も無く原形を留めぬ大崩落を起こした。 彼は空中でその爆風に揉まれながらも歓喜の感情を噛み締める。 広い広い空へと。世界へと踊り出たのだ。 その事実に、無理な強化により酷使された身体の痛苦よりも、自分をつないだ牢獄同然の研究施設から解放されたことよりも。 まだ見ぬ世界への期待と渇望が心を満たした。胸が躍った。 そのときにはもう、彼を――彼にはあずかり知らぬ事だが――保護しようとして閃光に呑まれた相手のことなど頭の中から消えていた。 ――――そのすれちがいが、彼と彼女の初めての出会いだった。 ――――――そして彼は、暫くの後ある世界の片隅でもう一つの出会いを経験することとなった。 * * 弐 二年後 新暦七十二年 あそこを逃げ出してからどれぐらいが経ったのだろうと彼は考える。 昨日のような気もするし、十年以上の昔にも感じられた。十年前に彼は生まれてもいないが。 実際は三年にも満たない時間なのだが。 彼は今、荒涼とした大地のド真ん中にいた。 そこに停められた仕事上のパートナー――相棒――の車の中で、相棒のド-ナツを無断で頬張っていた。 今は仕事中で、かつ待機中だ。相棒からの合図はまだ無い。 要するに未だ幼い彼は暇を持て余していた。 「―――懐かしい味がするなぁこのドーナツ。 ドーナツ……ドーナツかぁ」 懐かしい味に記憶が刺激される。彼は眼をつぶり思案にふけった。 このまま何もせず待機していたのでは眠ってしまう。 「そういえば、そうだった。 あの日あのとき、あの雨の日。ボクは一人で生きていた。誰にも頼らず。 いや、頼る相手も無く、一人で、ずっと……。 そこに、現れたんだ。 あの人が」 * * 参 新暦七十年 研究施設を逃げ出してからしばらくの時間が過ぎた頃。 あてもなくさまよった何者でもない少年は、この荒涼とした世界に流れ着いていた。 日々を生きるのも厳しい、そんな世界の片隅に。 その男は前触れなく現れた。 赤いシューティンググラスに、コート、髪型。浮かべた笑顔まで。 そのどれもがどこか鋭角的なイメージを抱かせた。 「よぉ、坊主。一人でなにしてる? こんなところで食事かぁ? その男は少年の手元を覗き込み、さらに言葉を続けた。 「ドーナツか。うまそうだな」 「……ほ、欲しいの?」 男の言葉に幼い体が身構える。 少年の返したその言葉と防御体勢に対してさもおかしそうに笑うとこう言った。 「だとしたらァ、どうする?」 「欲しいなら、奪ってみろ。 体の大きいあなたにはかなわないかもしれないけど、ボクはこの食べ物を離さない!」 その勇ましい反応に、さらにおかしそうな顔をすると男は笑った。大声で。 「フフッ、ハッハッハッハッハッハッ! じょぉだんだよ。俺は物盗りなんかじゃねー」 「わかるもんか! そうやって優しい声をかけてくるやつに、何度も痛い目に合わされたんだ」 男は顔に笑みを張り付かせたままその抗弁に応えた。 馬鹿にされたのかと思うと面白くなかったが、その笑顔は不思議と不快には感じられなかった。 「痛いのも裏切りも、どこにでも転がってる。そういうもんだろ? その食いものをどうする? お前はどの道を選ぶ?」 「渡さない。三日ぶりの食事なんだ」 「だったらそうしろ。それでいいんだ。そういう気持ちでいいんだよ。 ―――坊主、お前の名前は?」 唐突で意外な問いに面食らった。自分が人間ではないと知らされて以来、人に名前を聞かれる それを顔に出すのもなにか悔しくて。精一杯の虚勢を張って答えた。 「坊主なんかじゃない。ボクの名前は、エリオだ」 「エルオか」 さらっと間違えた。『やっぱり嫌いだ、こんな人』。 「エリオです!」 「だから、エルオだろ?」 「エリオだって言ってるでしょ!?」 男は手をひらひらとさせてエリオを制する。 ますます愉快そうな顔をするものだから、エリオは面白いわけもなく。 きっと誰にもこんな調子なんだろうと、憤懣やるかたない思いが募る。 完全に乗せられている。 「わかったわかったぁ。ところで・・・ ―――そのドーナツ、うまそうだなァー」 「や、やっぱり狙ってるんじゃないですか!」 エリオは手のドーナツを庇うようまた度身構えるが、男はやはりそれに頓着しなかった。 人懐こい笑みを浮かべたままだ。 「知り合いだから、頼んでるんだよ」 本当にそれは、知り合いや友達に言うような軽い口調で。 それはとても懐かしいような、そんな感覚で。 だからだろうか、いつのまにかエリオは目の前の風変わりな男に気を置けなくなっていた。 「うー……、もう、しょうがないなぁ。 少しだけなら分けてあげます」 よく見れば、男も自分と同じぐらいにやつれていることに気付いた。 だから、つい、心を許してしまった。 同情とも共感ともしれぬ感覚から発せられたその言葉に対する男の反応は、ある意味でエリオの予想を大きく逸脱するものだった。 「助かる。実は俺も三日食ってないんだぁ……。 いやな、愛車に乗って気ままな一人旅を続けていた俺なんだがな 道中か弱い女性がアーレーなんて悲鳴をあげつついわゆるやられ役みたいな奴らに追われてたんで俺の中にある正義感がふつふつと湧き上がってきたしか弱い女性を助けるのは精神的にも肉体的にもお礼があるかなと思って最速で登場したわけだ! なんせ俺はGOODSPEEDだからな! それでやられ役の男たちが俺に向かってなにか言おうとしてきたんだが最速であることを信条としている俺は会話もせずに奴らを蹴り飛ばして女性を助けることに成功したのさァ! そしたらか弱い女性が俺にお礼を言ってCHUーの一つでもしてくれるかと思ったらいきなり怒り出してよ、よく聞いてみたらやられ役の男たちは彼女の使用人で鬼ごっこをして遊んでたらしいんだよ! おいおいそんな誤解を招くような遊びをしてるんじゃないと思ったけど愛と最速を信条としている俺はすぐさま誤って即座にトンズラしたわけだがその女性の兄貴がなんと魔導師でな! 仲間の魔導師を集めて追いかけてきたもんだからさァ大変! 食うや食わずの逃亡劇が始まって早三日! 嗚呼そんなこんなしてる途中で今ここにいる○×△□?!」 「あーーーーー!うるさぁーーーい!!」 それは、聞いているだけで頭痛がしてくるかのような言葉の洪水だった。 エリオはそれをなんとかせきとめた。 でなければどれだけ付き合わされるか分かったものじゃないと、そんな確信にも似た感覚があった。 きっとこういう反応が返ってくるのは初めてじゃないのだろう。愉快そうに手を叩いて男は謝罪を述べる。 「アッハッハッハッ! すまんすまん! 悪気は無かったんだ、エルオ」 「エリオです!!」 「あ~あァ~、すまんすまん!」 そのやりとりに男はやはりというべきか、さらに喜色を浮かべるばかりだった。 「あんたって人は・・・」 「あんたなんかじゃねぇ、俺は……おっと。悪い悪い、俺の方こそ名乗ってなかったな。 ―――俺の名前はな、ストレイト=クーガー。 ―――――――――――誰よりも速く走る男だ」 そう、どこか気取った調子で話したその男。 その出会いは。その名前は。その姿は。その在り方は。 エリオの幼い心に深く刻まれることになった。 * * 四 再び新暦七十三年 「ストレイト……クーガー……。 そうだ、そういう出会いだった」 自然と、笑みが浮かんでいることに気付いた。 彼の前ではけして口にしなかったが、尊敬していた。憧れていた。 だから、今の自分があるのはあの人のおかげだと、そう思えた。 そんなとき、相棒の奇妙なでどこか嬉しそうな奇声が聞こえた。 合図ではないが、餌―――よく言って囮。であるところの相棒に、獲物であるところの強盗がかかったのは間違いなさそうだ。 そして“一瞬”で相棒と獲物との間に割り込む。 その獲物に慌てた様子は無い。余裕も見て取れる。 手練れと見ていいだろう。 女性で、エリオから見ても美人の部類だった。 相棒が奇声を上げた理由はこれか。美人に眼が無い。 「あなた! そう、そこのあなたです! あなたですか? 最近この辺りに荒らしをかけているという魔導師は」 「そうだとしたら、どうするの? 坊や?」 大人な雰囲気に内心では少々気圧されながらも、精一杯にクールな虚勢を整えた。 「その人のおかげで、ボクの依頼人がお困りでしてね。人助けをすることにしたんです」 「ついでに報酬も頂く?」 「当然!」 「それじゃあ、あなたも魔導師なの?」 「そう思ってもらってかまいません。 さぁ、こちらの事情は話しました。あなたのここにいる訳を聞かせてください」 女性はほんの少し思案する様子を見せてから、多少神妙な調子で答えた。 「時空管理局が最近開拓したっていう街を目指してるの。 ほら。近頃、よそ者たちのせいで物騒になってきたでしょ? あそこはか弱い女子供を保護してくれるって聞いたから」 「―――なるほど。いかにも、もっともらしい理由ですね」 「どういう意味かしら?」 女の余裕は崩れない。きっとこのやりとりを楽しんでいるのだろう。 確かに方角はあっているし、夜の一人歩きも魔導師であると考えればそれほど問題ではない。 辻褄は合っている。 しかしエリオは、彼女がそうだと確信を深めていた。 この問答自体、彼の誠実さからくる一応の追認に過ぎない。 だから、精一杯に挑発的な笑みを相手に突きつけて。 「嘘はよくありませんよ?」 「あら、どうしてそう思うの?」 「どんなに嘘を隠そうとしても、どうしようもなく視線は動くものです。 ボクはそういう人たちをごまんと見てきた。 あなたは嘘をついている。 これは勘なんかじゃない、ボクの確信です」 「―――ふぅん。相当な手練れのようね?」 「―――まだ魔法を見せていないのに、ボクの力量を推し量るあなたも」 女性の纏う雰囲気が変質している。 まがりなりにも被っていた猫を脱ぎ捨てた、獰猛なそれに。 これじゃ猫どころか虎だ、とエリオはなんだかおかしな気分になった。 戦いの予感に、高揚している自分を意識する。 そんな二人の間にある危うい均衡を楽しむように、その虎であるところの女性は問いを発した。 「あなた、名前は?」 「エリオです」 「ああ」と女は声をあげる。「聞いたことがあるわ。確か、レアスキル持ちの雷撃使い」 「へぇ、ボクも有名になっちゃったな。 そうですね、そのエリオで間違いないと思います」 「若いとは聞いていたけれど、まさかこんなちっちゃくてかわいらしい坊やだったとはねぇ」 どこか人懐こい、そんなきれいな笑顔に見入りそうになる自分を叱咤して。 エリオは問いを返した。 「ボクのことは話しました。次はあなたのお話を聞かせてください」 「―――私? 私、私は……。そうね。私を倒せたら教えてあげる」 空間に魔力の流れを感じる。 リンカーコアが周囲の空間に漂う魔力を吸い上げているのだ。 この世界の魔力は濃い。 生まれついて強力な魔導師が多いのと、それは無関係ではないだろう。 エリオが応戦のための魔力結合と変換を開始しようとしたそのとき――――横槍が入った。 エリオの相棒―――いや、単なる仕事上のパートナーだ。と内心で訂正する。 「待て待て待てぇ! エリオ、そいつが例の荒らしなのかぁ?」 「は、はい。そうみたいですけど……危ないから下がっててください!」 間に割って入ろうとする男をエリオは手で制止しようとするが、男はまるで気にした様子は無かった。 「でもよぉ、お前みたいな強い魔導師の相手をしたんじゃあその綺麗なお姉さんがただじゃすまねぇ! エリオ! ここは俺に任せろ!」 サムズアップしながら彼の言ったことは、なんというか、少年の予想の斜め上だった。 「え、えぇえェ!? で、でも、キリシマさんは魔法なんて使えないんじゃ?」 この世界なら裏ルートを当たれば、魔導師としての才能が無い彼でも扱える質量兵器が手に入ることは知っていた。 実際、彼が銃型のそれをいくつか持っていることも知っている。 知っていたが、それは極めて原始的なもので魔導師相手に通用するとはエリオには思えなかった。 だがその男―――キリシマは軽い調子で続けた。 その顔は下心丸出しだった。鼻の下がこれでもかと伸びている。 正直エリオは大人に幻滅しそうになった。 「なぁに、お兄さんのやり方を見てなさい。そして思う存分目上の人間を敬うがいい~!」 「あら、あなたが相手をしてくれるの? 私はどちらでもいいわよぉ♪」 「はぁーい綺麗なお姉さぁーん! それじゃ男キリシマいっきま~っす♪」 そんな調子で彼女に大きく飛び上がって飛びかかっていくものだから、「あれじゃただの変態だよ……」エリオは頭を抱えそうになった。 彼らのそんな様子にはかまわず、女性魔導師であるところの彼女は、長杖型のストレージ・デバイスを構えた。 魔力によって編まれる防護装備――バリアジャケット――と環状の魔方陣が一瞬で展開される。 ミッドチルダ式の使い手だ。 「さぁ、かかってらっしゃい。これが私の魔法。 ―――シュート!」 複数が展開された環状の魔方陣。強い輝光を放つそれら全てから、同時に魔力弾が放たれる。 その射出数。速度。魔力量。集束率。誘導の正確さ。そして判断と思い切りの良さ。 その全てが彼女がこの無法の荒野の魔導師にふさわしい技量の持ち主であることを示している。 男キリシマがそれに対抗するする術は――――あるわきゃ無かった。 全弾を綺麗に直撃された彼は心持ち黒焦げになって吹っ飛ばされた。 「どぅわぁああああーーーー!!」 「だ、大丈夫ですかっ!?」 吹き飛ばされ、ゴミクズのようになった彼の元にエリオは駆けつける。 ―――黒焦げになった男キリシマは、なんというか、幸せそうな、満ち足りたような顔をしていた。 すごくたるみきったなさけない顔だ。 今度こそエリオは大人に幻滅した。 「すまねぇ、どじっちまった……。 き、気を付けろエリオォ。あの女、噂どおりすげぇ魔導師だっぜ……ゴホッ」 「わかってるなら行かないでくださいよ!?」 「期待しちまったんだよぉぉ!」 「何を!?」 「薔薇色をぉ」 「あなた絶対バカでしょう!?」 しかしキリシマはそんな、ハンカチを噛み締めているような表情から、急に神妙で真面目な表情を見せた それを見て性根から生真面目なエリオはハッとして、もしかしたら彼は自分に彼女の魔法を見せるためにわざと囮になったのかもしれないと。 揉まれてなお純粋な部分を多く残す少年エリオの脳裏にはそういった考えが浮かんだ。 キリシマは息を絞り出すようにしてエリオに語りかける。 彼の身体から力が抜けているのに気付いたエリオは顔を青褪めさせる。 「エ、エリオォ。頼む、俺のかた……かた…きを……うぐぁっ!ガクッ」 「キ、キリシマさん……。キリシマさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」 空に荒野に、エリオの慟哭が響き渡る。 だが。 キリシマはケロっと再度顔を上げた。 「ハーイ♪ 生きてマース☆」 「わかってますよ!!!」 放たれた射撃魔法はきっちり非殺傷設定だった。 しばらくは指一本ろくに動かせないだろうが、間違っても死ぬことはない。 魔導師でもない相手を殺すのは気が引けたのか。いや、ただ単に彼女もあきれたのかもしれない。 そんなキリシマの様子にあきれ半分で―――もう半分ではこっそりと安堵して―――彼を土の地面に放り出す。 ゴツゴツとした石の覗く地面に投げ出されたキリシマはカエルのような悲鳴を上げるが、エリオは今度はまったく同情しなかった。 「あーもうっ! しょうがないな! やられるくらいなら行かないでくださいよ!」 そしてやっと女性魔導師に向き直る。 どうやら待ってくれていたようで、愉快そうな顔をしてこちらを見ている。 あのバカっぽいやりとりをずっと見られていたのかと思うと、エリオは顔を真っ赤にした。 「あらぁ、かわいい。それで、次はあなたが相手をしてくれるの?」 「……ええ、そうなりますね」 「私の魔法の威力は見たはずよね?」 「ええ、見ました。かなりのものです。でも。 ―――そういうぶ厚い壁を見るとどうにも打ち砕きたくなるんですよ!」 魔力を雷に変換し全身に纏う。さらに呪文を唱える。我流の自己ブースト。 ブーストの加護を受け最高速度で肉薄し直接雷撃を相手に叩き込む近接格闘型。 それが彼のスタイルだった。 「いいわ。それじゃあ相手をしてあげる。さぁ、かかってらっしゃい! 坊や!」 「ええ、かかります! 当然そうしますとも! ――――行きます!!」 片膝を屈してしゃがみこむ。クラウチングスタートの要領だ。 四肢で大地を掴まえる、獣の戦闘体勢のような姿。 腰を突き上げ、それが静止する。 周囲の空間から吸い上げた魔力と、彼自身の魔力とが身体の内側で荒れ狂う。 それら全てを雷撃に変換し、限界よ超えろとばかりにエリオの小さな身体にそれが圧縮される。 身体からこぼれて荒れ狂い大地を舐め焼く雷撃の余波はまるで無数の電気の蛇だ。 そして唱える。 呪文ではなく、彼に速さを与える覚悟の言葉。尊敬するあの人から伝授された技。 相手を打ち倒すという決意の具現。 それに応えて彼の背中で極限まで圧縮された雷撃が解放され爆発的な推進力へと変換された。 「受けろよ! ボクの速さを!」 荒ぶる雷光の尾を曳いて。その身に宿す雷を拳に乗せる愚直なまでの一点突破。 「衝撃のォォォォッ!ファァーストブリットォォォォォォォォォォォ!!」 ――――それが荒涼とした大地が広がるばかりの世界にたどりついた彼の見つけた在り方。 彼の人生を変えた出会いがあった。 出会った一人の男に教えられた。生き方。戦い方。そして走り方。 そして、それからさらにしばらくの後に。 彼は再び彼の人生に大きな影響を与える出会いをすることとなる。 ―――強く、だがどこか脆く儚い。そんな光を宿した瞳と月に照らされ光輝く金色の髪を持つ女性と――― 魔法少女リリカルなのはGoodSpeed...Chapter1 Erio ...End To Be Continued... - 目次へ 次へ
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なのはが顔を上げると同時に、医務室のドアが開いてヴィータとシグナムが姿を見せる。 「シャマルー、お昼一緒にどうだー?」 そう言いながら部屋に入ってきたヴィータは、なのはの姿を見て軽い驚きの表情を浮かべた。 「あ、なのはも来てたんだ」 その言葉に、なのはは頷いて答える。 「うん、時間がちょっと空いたから、シャマル先生に診てもらってたの。 二人ともこれからお昼?」 ヴィータの後に続いて部屋に入って来たシグナムが、なのはの問いに答える。 「私とヴィータが丁度同じ時間に空いたから、シャマルはどうかなと思って来たんだが…邪魔だったかな?」 シャマルは微笑みながら首を横に振る。 「ううん、なのはちゃんの検査も終わったところだし、一緒に食事へ行くにはいいタイミングよ」 突然、ヴィータが何か忘れていたことを思い出したような表情で手を叩いた。 「あ、そうだ。なのはに知らせたい事があったんだ」 「何?」 「テスタロッサが救助された」 その言葉を聞いた途端、なのはは文字通り血相を変えてヴィータに飛びつく。 「本当!? どこで助けられたの? 怪我は?」 なのはから矢継ぎ早に質問を浴びせかけられながら、ヴィータは肩を掴まれてガクガク前後に激しく揺さぶられる。 見かねたシグナムは、なのはの肩に手をかけて言った。 「落ち着けなのは、それではヴィータが答えられん」 「え!? あ…ご、ごめん」 我に返ったなのはが、ヴィータから手を離す。 「の、脳味噌がプリンになるかと思った…」 目を白黒させ、頭を押さえながらヴィータが言うと、なのはは心配そうに言う。 「ごめんね、大丈夫だった?」 なのはの様子に、ヴィータは首を横に振って笑みを返した。 「いいって、テスタロッサが心配なのは、あたしやシグナムだって同じだからさ」 二人の会話が終わったのを見計らって、シャマルが全員に提案する。 「詳しい話は歩きがてら…でどうかしら?」 その提案に、なのは、ヴィータ、シグナムは揃って頷いた。 879階の医療エリアから、600階にある局員・来客用の会食テラスへと下りるエレベーターの中で、 四人は眼下の光景を眺めながらフェイトが救助された時の話を続けていた。 「―――で、ヴァイスとアルトのドロップシップに救助された…って事らしい」 ヴィータがなのはの方を見ながら言う。 「そうだったんだ…。フェイトちゃんの怪我は?」 ヴィータはなのはから眼下の光景に目を移し、腕を組んで考え込みながら答えた。 「詳しいことはまだ分かってないけど、数ヶ月は絶対安静なんじゃないか…ってアルトは言ってたな」 「そう…」 なのはは少しの間空を見上げた後、笑みを浮かべてヴィータに振り向く。 「でも、生きてるって分かって、本当によかった」 「だから言っただろ、スターライトブレイカーの洗礼を受けたテスタロッサが、その程度で死ぬはずがない…って」 シグナムがからかい半分に言うと、なのはは頬を膨らませてむくれてしまう。 「もー、またその話ですかー」 その様子を見たシグナムは安堵の笑みを浮かべた。 「ようやく、いつもの調子にもどったようだな」 まるでその言葉を合図にしたかのようにエレベーターが減速を始め、胃が競り上がるような不快感を エレベーター内の全員がかすかに感じた。 鐘の音に似せたドアチャイムが鳴ると、エレベーターのドアが音もなく開く。 談笑しながら降りる人間種・非人間種の局員達に続いて、なのは達がエレベーターから出るのと同時に、 陸上部局の制服を着た、紫色のロングヘアーの二十代前半ながら落ち着いた雰囲気の女性が、なのは達に 敬礼しながら声をかけてきた。 「皆様、お久しぶりです」 「ギンガ?」 なのはがそう言うと、スバルの姉ギンガ・ナカジマ二等陸曹長が改めて挨拶する。 「ご無沙汰しております、高町一佐」 「あたしも居るぞー」 そう言ってギンガの左肩から手を振って姿を現したのは、リインフォース∥と同じ身長の、ツインテールに セットされた真紅の髪が焔の色を思わせる、妖精と言うにはやんちゃ過ぎる印象の陸上部局員。 「アギトも来てたのか」 シグナムがそう言うと、人間型ユニゾンデバイス“烈火の剣精”ことアギト三等陸士が、拗ねたように頬を 膨らませながらシグナムの元へ飛んで行った。 「ひどいぞシグナム、あたしを置いてけぼりして勝手に食事に行くなんて」 アギトの言葉に、シグナムは頭を下げて謝る。 「すまん、 忙しい様子だったから声を掛けかねて…な」 シグナムの態度に、アギトは両手を前に出して周囲を見回しながら慌てて言う。 「そ、そんな…。頭を上げてくれよ」 シグナムが頭を上げると、アギトは納得行ったように笑みを浮かべながら言った。 「ああ、丁度仕事が立て込んでたんだ時に来たんだ。でも、ちょっと待っててくれれば終わったんだぜ」 シグナムも笑いを浮かべて言う。 「そうか…。分かった、次からはきちんと声をかけるようにしよう」 その言葉に安心したアギトは、シグナムの肩に飛び乗った。 「頼むぜ、行けるかどうかちゃんと答えるからさ」 「こんにちは、アギトちゃん」 なのはが声をかけると、アギトはシグナムの肩から飛び上がり、ガチガチに緊張しながら敬礼する。 「し、失礼しました高町一佐!!」 上ずった声で言うアギトに、なのはは微笑みを浮かべる。 「ううん、なのはでいいよ」 そう言いながらなのはに頭を優しく撫でられると、アギトは緊張を幾分か和らげ、顔を赤くしながら 「は、はい…な、なの…な、な…あだっ!」 “なのは”と呼べずに舌を噛んだアギトの姿に、シグナムたちは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべた。 「ところで…、何かあったの?」 シャマルが尋ねると、ギンガは言いにくそうに答える。 「はい。…あの…シャリオ・フィニーノ三等陸曹の事なんですが…」 シャーリーの名前が出てきた瞬間、アギトを除く全員が頭に手を当てたり、両手を組んだり、首を横に 傾げて困ったような表情を浮かべる。 「シャーリーは一体何をやらかしたわけ?」 なのはが眉を八の字に歪め、苦悩が前面に出た口調で尋ねると、ギンガは自分の事でもないのに非常に 申し訳なさそうな感じで話を始めた。 「はい、実は…」 第61管理外世界「スプールス」 この世界は、百メートル近くに及ぶ巨大な木々が生茂る広大な森に包まれた、多様かつ豊かな生態系が特色である。 それ故に先史時代より密猟者が絶えることなく、管理局は対策として現地で徴募した局員たちを主体とする、 “自然保護隊”と呼ばれる生態系及び原住民保護の部隊を常駐させていた。 森を切り拓いて作られた自然保護隊のベースキャンプ。 その中央部にある航空機類離着陸用の広場には四隻のドロップシップが駐機しており、その周りでは船に乗ってきた 別次元世界の行商人たちによる市場が開かれ、現地の住民たちに食糧から服飾品まで、様々な物品の売買を行っている。 「本日検挙した密猟者は以上です」 市場から少し離れた場所で、右手に槍型のデバイスを持つ、朱いジャンパーに膝下までの白い半ズボン仕様のバリア ジャケットに身を包む、まだ幼さの残る顔立ちをした十代半ばの少年魔導師が、自分の目の前にある空間モニターに 表示された名前を読み上げてから言った。 「では、こちらにサインをお願いします」 身長三メートル近くある、左右四つの目を持った恐竜のような外骨格型生物の、米軍の迷彩服に似た、管理局の標準 バリアジャケットを着込む局員はそう言うと、二つの爪を器用に動かして少年のモニターに犯罪者の引き渡しに関する 手続きの証明書を転送する。 少年は手続きの完了を示す欄に左手の人差し指を当てた後、局員のモニターに再度送信する。 「これで手続きは終了です。お疲れ様でした」 リストを確認した局員が敬礼すると、少年も局員に返礼しながら言った。 「お疲れ様でした!」 局員が囚人護送車へと歩き去るのと入れ替わりに、ピンク色のジャケットと髪に、白い帽子とロングスカートとマントの バリアジャケットを着た、少年と同い年の少女魔導師が、物が一杯に詰まった竹の編み篭を両手で抱えながら少年へと 駆けて来る。 「エリオくーん!」 「キャロ!」 エリオ・モンディアル二等陸士は、キャロ・ル・ルシエ二等陸士に笑顔で手を振った。 キャロはエリオの元に駆け寄ると、篭の口を開いて中身を見せる。 「見て見て、今日は沢山もらったの!」 中は様々な次元世界の果実や野菜がぎっしり詰まっていて、その豊富さにエリオも驚きの声を上げる。 「うわぁ…! これどうしたの?」 エリオが尋ねると、キャロは満面の笑みを浮かべながら説明した。 「行商人さんにパナオ地方から地元の動物を売りに来た人を紹介したの。 そしたら、害獣の被害がある世界で高く売れるって高値で買い取ってくれたから、お礼にって」 「へぇ…」 エリオは感心したように頷く。 「ミラさんも大喜だね」 キャロが笑顔で言うと、エリオも頷いて答えた。 「今日の夕ご飯が楽しみだよ」 「…突然やって来られても困ります。事前に連絡して頂きませんと… 保護隊所属を示す緑色の制服を着た三十代半ばの女性局員が、元老院所属を示す紺碧のローブに身を包んだ、 白い羽毛のような毛に覆われた、身長2メートル半ほどの細長い鳥を思わせる生物と押し問答を繰り広げていた。 「何の前触れもなくお伺いした点は謝罪します。しかし、これは元老院大法官直接の布告(命令)であり、 何人たりとも拒否する事は出来ません」 威厳と落ち着きのある口調に、女性は何も言うことが出来なくなる。 「何だろう…?」 その様子を遠巻きに眺めながらエリオが呟くと、キャロも首を傾げながら首を横に振った。 と、元老院の使いと一緒にいる、大きな三白眼に光沢のある灰色の肌に艶やかなピンクの唇が対照的な、糊の効いた 黒一色のスーツと膝下までの長さスカートという、一分の隙もないキャリアウーマン風の女性型次元世界生物がエリオ たちの方へとやって来る。 女性は膝をついて二人同じ視点に立つと、声をかけてきた。 「エリオ・モンディアル君とキャロ・ル・ルシエさん?」 女性が尋ねると、雰囲気に気圧されていた二人は慌てて敬礼しながら返答する。 「は、はい。 エリオ・モンディアル二等陸士であります!」 「キャロ・ル・ルシエ二等陸士であります!」 女性は頷くと、空間モニターが発達したミッドチルダではすっかり廃れた、革製の身分証明カードを二人に見せながら 自分の所属と名前を言う。 「初めまして、わたくしの名はシル。 元老院大法官および聖王教会法王直属の極秘組織“セクター7”より、あなた方をお迎えに参りました」 これまで一度も会った事のない、雲上の存在でしかなかった人間の名が出て来た事に、エリオとキャロは困惑気味に 顔をただ見合わせる他なかった。 前へ 目次へ 次へ
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マクロスなのは 第2話『襲撃』その2←この前の話 『マクロスなのは』第3話「設立、機動六課」 あの襲撃事件は重傷者3名、軽傷者18名を出すに止まった。幸いなことに負傷したのは全て管理局局員と学校の警備員で、子供達に被害はなかった。 そして襲撃してきた魔導兵器は、クラナガンに張り巡らされたレーダー網によると突如上空に出現したものらしいが、それ以上詳しいことはわかっていない。 しかしマスコミは結果的に死者が出ていないせいかその報道は控えめになった。代わりに死者2名に抑えたテロ事件での地上部隊の必死の働きをクローズアップし、公務員である地上部隊が労働三権を行使するという違法な労働争議を打ち消していた。 また、首相は地上部隊の予算を増やすと公言した日から2日目に遂に英断。緊急措置として企業団からの出資を受け入れることとした。しかし企業団側に主導権を握られないよう契約は10年以上に渡る長期で、原則としてそれまで脱退、出資渋りは認められず、額も会社の規模によって一律に決まる。 そして仮に契約終了後更新しない時はGDP(国内総生産)を削ってでも必要予算を増やす法案を通すと公言。直後の世論調査も大勢が「管理局に使うのなら自分達の生活に還元される」とこれを援護する。こうしてこの先、更新を渋って管理局を脅そうとする企業を牽制した。 これら条件は企業側にとても厳しい内容ではあったが、それでも時空管理局は今回のテロ事件のこともあってさらに魅力的なイメージアップの商品に見え、その長い歴史は彼らに十分な信頼感を与えた。 こうして4日目にはGDPにして2%にも上る莫大な出資金が地上部隊に注ぎ込まれ、組まれていた予算と出資との合計でこれまでの予算の3倍強(概算要求の1.5倍)となったことに、今まで苦渋をなめてきた地上部隊財務課は狂喜したという。 余談だが予算の使途はできうる限り公開することになっていて、担当者はまず、 給与水準の向上 老朽化のひどい駐屯地などの施設の改修費 装備のアップグレード版の開発費 ミッドチルダ全体をカバーする探知用魔力レーダーの設置費 などに中心的に充ててミッドチルダの防衛体制強化を図ると説明した。 (*) アルト達がこの世界に来てから7日目 海上を埋め立てて作られた敷地。そこには新しく建てられた立派な隊舎があった。しかし隊舎の正門にある表札にはまだ何も掛けられていない。 そしてその反対側にある広場では、今まさに産声を上げようとしている部隊の設立式が行われていた。 4月という季節柄風は温かく、太陽の下行われている設立式は順調に進んでいた。 そこに彼らの、まだ若い部隊長が壇上に上がった。 「本部隊の総部隊長、八神はやてです。・・・・・・平和と、法の守護者『時空管理局』として事件に立ち向かい、人々を守っていくことが、私達の使命であり、なすべき事です」 一言一言かみしめるように続ける。 「この部隊は管理局の、対応が遅く、練度の低い地上部隊を支援するために設立されるテスト部隊です。そのためこの部隊は1年でその役目を終えますが、現状の管理局システムの修正など残す物は多いでしょう。また、テストといっても―――――」 彼女の視線が舞台を前に整列している部隊員達に注がれる。 「実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォワード陣。それぞれ優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ。全員が一丸となって事件に立ち向かっていけると、信じています」 その口調、瞳に迷いはなく、彼女の寄せる信頼の大きさを物語っていた。 「私はこの部隊での1年を、実りのある1年にする所存です。ですから報道機関、管理局の庇護の下に生活する市民の皆さんの、温かいご理解と、ご協力をよろしくお願いします」 報道関係者がときたま焚くフラッシュを無いもののようにスルーし、地上部隊の制服(茶色を基調とした正装。新人から佐官まで幅広く使われる)を着た少女、八神はやて二等陸佐はそう締めくくり、仮設の舞台を降りた。 その後彼女は、部隊隊長の席に腰を降ろすと、次の予定のために部下達を準備に走らせる。その間報道関係者達の質問に応じる事となった。 「部隊長であるあなたや、分隊を指揮する隊長が若すぎるとの批判がありますが、これについて・・・・・・」 「これからの管理局を背負っていくのは若者です。また本部隊設立の目的の1つが管理局システムの刷新にあります。そのためには若者の、柔軟な発想に基づく部隊運用が求められるからだと、私は考えます」 「あなたを含めて隊長陣が全員オーバーSランク魔導士。副隊長でニアSランクですが、管理局の規定にある『1部隊の持ちうる魔導士ランクの限界』についてはどうなっているんですか?」 「私を含め、隊長格位には能力限定用のリミッターが設定されております。例えば高町なのは一等空尉の通常のリンカーコア出力はクラスS+ですが、リミッターにより2、5ランクダウンのクラスAAにまで出力を落としてAランク魔導士として登録・運用します。しかし、どうしても必要な時のみ解除する権限を与えられています」 その後も質疑と回答は続き、時間の関係で次を最後としたところ、こんな質問が出た。 「では、新設された部隊の名称を」 その質問に、はやては我が意を得たりとにっこり微笑むと――――― 「本部隊の名称は・・・・・・あちらをご覧ください!」 一斉にはやての指し示す方向に数十台のカメラか振り向く。その瞬間彼らの目前十数メートルを航空機が察過していった。 「あれはバルキリー!」 報道関係者の1人が興奮気味に言う。 そう、そこを飛ぶは、純白に赤黒ラインを施したVF-25。バルキリーの名は報道された際に広まった通称だ。 バルキリーが雲一つない晴天の青空の下を一筋の白いスモークを残して飛行する中、地上より発進した桜色と黄金色の2色の光の筋がそれを猛追、編隊飛行に入る。そして大きく旋回して会場上を通過したと思った瞬間、先頭を飛んでいたバルキリーが突然ガウォークに可変。減速とロール回転をしながら高度を落としていく。2色の光もそれに続く。 そしてバルキリーは海上に到達すると、その上をまるでアイススケーターのように2色の光と共に滑っていく。その軌跡は渦を巻くように形成され、中心まで描ききったバルキリーはファイターへの可変によって瞬時に機首を上に向けて、2色の軌跡と共に急上昇。 そこでバルキリーは突如パイロンに搭載した増槽のような円筒形の箱から小さなミサイルらしきものを乱射した。 その行為は、 「質量兵器!?」 と驚き、反射的に頭を抑える者。またはミサイル達の青白い軌跡が織り成す美しさに魅せられ、見惚れてしまう者とを生み出した。 ミサイルは回避機動という名の乱舞をしつつ上昇していく。そしてある高度で桜色の光線が下から照射されてミサイル達を薙ぎ、それらを一斉に爆発させた。 そこには花火のように文字が浮かび上がっている。 〝機動六課〟と。 「これが管理局の新部隊『機動六課』や」 はやての不敵な声が、辺りに響き渡った。 (*) 15分後 はやてが『時空管理局 本局 機動六課』と書かれた表札を正門に掛けたりするなど式らしいものを終わらせると、隊舎に併設して突貫工事で作った500メートルの海上滑走路で待機していたバルキリーが離陸して会場へとガウォーク形態で降りてきた。 カメラマン達は何事かと、片付け始めていたカメラを再び引っ張り出す。 そこに追い討ちをかけるようにアナウンスが流れる。 『これより、機動六課のイメージソング「アイモO.C.~機動六課バージョン~」の視聴会を行います。歌うは時空管理局期待の歌手、ミス、ランカ・リー!』 その瞬間報道関係者達は色めきだった。 ランカは暴徒鎮圧ライブ以来姿を見せたことはなく、名前は報道されたが、1週間で半ば伝説となっていたからだ。 そこで、ガウォークで着地したバルキリーの前にホロディスプレイで大きなテロップが流れる。 『魔法を行使している方はただちに使用をやめてください。ご協力お願いします。byランカ・リー』 とある。 なぜそうしなければならないかを彼らは知らなかったが、彼女の頼みとあっては聞かないわけにもいかない。彼らは飛行魔法の解除などしっかり従った。 全ての魔法行為が止まったことを確認したのか曲が流れ出す。そしてそれに合わせるようにキャノピーが開いてゆく・・・・・・ <ここはアイモOCをBGMにするとより楽しめます。(多分・・・・・・)> 〝アイモ アイモ ネーデル ルーシェ!―――――〟 果たしてそこには地上部隊の制服を着たランカが歌っていた。しかし、フラッシュどころかシャッターすら全く炊かれない。誰もがそれに聞き惚れ、茫然自失となっているのだ。その中を彼女の力強く澄んだ歌声が沁みわたる。 〝進め! 機動六課 誇り高き名を抱いて 飛べ! 機動六課 眠れる力呼び覚ませ〟 その歌はライトニング(いかづち)を携え、スターズ(りゅうせい)が舞う。そんな幻想的な光景を聞く者に抱かさせたという。 (*) 2時間後 マスコミがいなくなり、六課の隊舎ではささやかな設立記念パーティーが行われていた。 「今日はみんなのおかげでマスコミの人たちに目にもの見せてやれた。ありがとうな。今日はよく食べて英気をやしなってや!」 八神はやて二等陸佐はいつもの柔らかい関西弁を操る〝はやて〟にもどり、楽しそうに飲み食いする部下達を見守っている。自分が入ると階級のせいで気まずくなることがわかっているからだろう。まったく強い少女だ。 その頃彼女から 「みんなに挨拶しておきな。これからは同じ釜の飯を食べる戦友になるんやから」 と言われていたアルトとランカは、今最も人の集まっている食堂に来ていた。 (*) 食堂 そこは広く、平時には食券を買うのであろう自動券売機が並んでいた。 今日は特別にバイキング形式であるため、皿を手に 「どれもおいしそうだね・・・・・・」 と困ったように笑うランカと共に食べ物を探していると、肩に誰かが運んでいたらしい皿が軽くぶつかった。 「あ、ごめんなさい」 「大丈夫だ。なんてことはない」 そう言いながら振り返ると、そこにいたのはフェイトだった。 「ああ、アルト君か。ランカちゃんは久しぶり」 フェイトがいつもの調子で挨拶してきた。 しかし俺の(おそらくランカも)視線は両手に乗せられた大量の食べ物に固定させてしまっていた。 (おいおいこりゃ、とても1人じゃ食べられないぞ・・・・・・コイツ、こう見えてこんなに食うのか・・・・・・) と思う視線に気付いたのだろう。彼女は頬を赤らめると、 「あ、いや、これは・・・・・・エリオ、キャロ」 「「はーい!」」 遠くで2人分の返事が聞こえる。どうやら、あの2人のためらしい。育ち盛りの子供がこちらに、やってくる。 フェイトは2人に 「気をつけてね」 などと注意しつつ、両手の皿を分けて渡した。 そこで何かを我慢できなくなったのかランカが問う。 「あ、あのぅ、フェイトさん」 「ん?」 「・・・・・・お子さんですか?」 その問いにフェイトは一瞬キョトンとした顔を見せると、笑みを浮かべて応えた。 「ふふ、そうとも言うのかな。この2人は私の保護している子でね。今度ライトニング分隊の3と4を務めるエリオ君とキャロです」 ライトニング分隊とは、先ほどイメージソングで歌われたが、もう1つのスターズ分隊とともに前線を務める分隊の事だ。ちなみに、六課にはもう2つ分隊があり、その名をフロンティア分隊とロングアーチ分隊という。 フロンティア分隊は当初の予定になかったアルトとランカが属する分隊だ。フロンティア1にはアルトが、2にはランカが相当する。任務はVF(ヴァリアブル・ファイター)という汎用性の高い特殊な機体とランカがいるため超広域に渡り、必要なら宇宙や海中おも守備範囲としていた。 そしてロングアーチ分隊ははやてなどが属し、その名の示す通り縁の下の力持ちとしてこの隊舎にある指揮管制所で現場指揮の補助などを行う。 話は戻るが、エリオと呼ばれた方は、赤い髪をした利発そうで中性的な顔立ちをした男の子。キャロと呼ばれた方は、少し気の弱そうなピンクの髪をした女の子だった。 2人はそろって 「「こんにちは」」 と、可愛く頭を下げた。 その後席へと向かっていったフェイト達だが、そこからこんな会話が聞こえてくる。 「でもフェイトさん、いくらなんでもこんなに持ってこなくても・・・・・・」 「ダメよ。育ち盛りなんだから好き嫌いなくたくさん食べないと大きくなれません」 振り返ってみると、切々(せつせつ)とたくさん食べることの重要性を語るフェイトの姿があった。 「それにしたって―――――」 「多すぎだよね」 そう繋いできたランカに 「ああ、まったくだ」 と苦笑して答えた。フェイトの過保護(?)という新たな一面を見た2人は再び食探しの旅を続行した。 (*) 「あ、アルト君、ランカちゃんは久しぶりだね~」 フェイト達と別れてすぐ会ったのはなのはだ。彼女の手にも皿がのっており、こちらは慎ましい和食中心だ。 なのはやフェイト達とはこの1週間、先ほどのアクロバットの打ち合わせなどで毎日のように会っていたが、ランカは時空管理局本部でいろんな検査などをやっていたようで、俺ですら通信以外で彼女と話したのはようやく今日で、分かれてから6日ぶりであった。 彼女に挨拶を返すと、なのはとランカは話に夢中になっていった。 「さっきの歌良かったよぉ~」 「ありがとうございます!」 「六課バージョンらしいけど、元はどうだったの?」 「元は、〝機動六課〟の所に、私のいた船団の名前だった〝フロンティア〟ってのが入るんです」 「フロンティアかぁ・・・・・・昔見てたドラマに『宇宙、それは最後のフロンティア』ってナレーションで始まるのがあったなぁ」 「あれ?それってまさか『宇宙戦艦エンタープライズ号が―――――』って続きませんでしたか?」 「え!?うん、そうだよ。やっぱり『ス〇ートレック ネクストジェネレーション』って名前?」 「はい!やっぱり劇場版のエンタープライズEのデザインが感動ものです!」 「うんうん、わかるわかる!スラッとしたフォルムがなんとも言えないかっこよさだよね!・・・・・・でも私はどちらかというとヴォイジャー派かな・・・・・・」 と、そんなこんなでどんどん話が進む。 マニアの会話は、得てしてノコノコと知らない者が入っていける空間ではない。 この時も同様であり、いわゆる〝スタトレファン〟や〝トレッキー〟と呼ばれる人種ではないアルトには何の話かさっぱりなので、やんわりと戦線を離脱した。 すると、少し離れた所で呼び止められた。 「おまえが早乙女アルトか?」 「ああ、そうだが・・・・・・」 聞こえてきた誰何(すいか)に肯定しつつ振り向くと、そこには特徴的なピンクの髪をポニーテールにした20歳ぐらいの女性がいた。 しかし彼女にはその歳ぐらいならば少しはあるはずの頼りなさが全く感じられない。逆に何かを守るという意志の光が強く灯っている。そして全身からにじみ出るオーラはまごう事なき武人のものだった。 「主はやてから話は聞いている。先日の襲撃の時は、対応の遅くなった管理局の代わりに初等学校を守ってくれ、感謝している」 彼女はコクリと頭を下げた。しかし、その動作のどこにも隙がない。例え今この会場の全員が、彼女を倒そうと襲いかかっても失敗するだろう。そんな雰囲気を醸し出していた。 「いや、あの時俺は偶然あそこにいて、偶然それに対応できるだけの装備があっただけだ」 「では、その巡り合わせにも感謝せねばな」 そう言うと彼女は不敵に微笑んだ。 「自己紹介がまだだったな。私はシグナムだ。この部隊ではライトニング分隊の副隊長を務めさせてもらう。だが同時に特別機動隊(地上部隊上層部直轄の対テロ特殊作戦部隊)空戦部隊の隊長だからあまり六課には顔を出せないだろう」 残念だ。と肩を落とす。 「なんで残念なんだ?」 問うと彼女は不思議そうな顔をした。 「なんだ?お前は〝こちら側〟の人間ではないのか?」 彼女は待機状態のデバイスを仮起動させる。すらりと伸びたそれは剣の形をしていた。 どうやら彼女はこちらを同業者と思っていたようだ。確かにアルトは 「役者は演じる全ての事に精通していなければならない」 という父の教えから剣技だろうが料理だろうが並みの稽古はしてこなかった。どうやらそれはプロの目から見てもその道の者に見えるようだ。 「確かにそうだが・・・・・・」 「ではまたいつか手合わせ願おう」 烈火の将シグナムはそう言い残すと食堂から出ていった。 (*) その後、医務室で医師を務めるシャマルやスターズ分隊のヴィータと笑撃的(?)な出会いをするがここでは割愛させていただこう。 (*) 「よぅ、アルト。今日のアクロバット、なかなか決まってたぞ」 そうビール片手に陽気に声を掛けてきたのは、人が単独で飛べるこの世界にあって同じく〝パイロット〟という役職を持つ人物、ヴァイス・グランセニック陸曹だった。 「あ、ああ・・・・・・」 アクロバットでの〝あること〟が原因でその返事がおざなりになってしまうが、そこでヴァイスの後ろをついてきた少女の姿が映る。 すると視線に気づいたのか、彼女がこちらに向き直った。 「こんにちは。機動六課ロングアーチ分隊の索敵とレーダーを担当するアルト・クラエッタ二等陸士です。よろしくお願いしますね」 ペコリとお辞儀するクラエッタと名乗る少女。しかしヴァイスは突然彼女の頭をひっつかむと髪を掻き回し始めた。 「このやろ、な~にしおらしくしてんだよ」 そうやって彼はひとしきり 「やめてくださいよヴァイス先輩~!髪がぼさぼさになっちゃいますよぉ~!!」 といやがる彼女で遊ぶと、こちらに向き直って言う。 「コイツな、7歳ぐらいまで自分が男だって思ってたんだぜ」 「あー!ヴァイス先輩それは『秘密に』って―――――!」 「すぐに化けの皮剥がれるだろ?ほらこの前の書店で痴漢に遭った時だって―――――」 「あー!それ以上言わないでぇーーーーー!!」 「―――――コイツ「この痴漢野郎!」って叫びながらそいつに〝大外刈り〟かけたんだぜ。しかもスカートのままで」 「キャーッ、もうお嫁に行けなーい!!」 「お、お前もか!?」 「「え?」」 〝楽しそうに〟漫才をやっていた2人だが、こちらのセリフに声を揃えて向き直る2人。 「実は俺もガキの頃は自分を女だと思っててだな―――――」 アルトは歌舞伎の〝真女形(まおんながた)〟という日常生活までを女として過ごすものだったから、完全に自らを女と誤認していた。 彼が初めて自らが男だと知ったのは小学校の保健の授業が初めてだと言うからもう始末におえなかった。 一方クラエッタの方は兄2人と弟1人という男所帯であったため、ずっと自らを男だと思い込んでいたという。また、兄弟喧嘩で鍛え上げられた彼女の体術は否が応でも昇華され、柔道の女子どころか男子同クラスでは負けなし。数十Kgのハンデを付けてやっと互角になるというワイルドな少女だった。 そんなこんなで意気投合し、お互いのあるある話に夢中になっていく。 「んーハブられちゃったな・・・・・・」 ヴァイスが寂しそうに呟くとクラエッタは、〝べー〟と舌を出して見せた。 シレンヤ氏 第3話 その2へ
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マクロスなのは 第24話『教導』 前半←この前の話 『マクロスなのは』第24話 後半 (*) 10分後 「え~!? ダメだよシャーリー、人の過去勝手にばらしちゃあ!」 六課に帰還してすぐ伝えられた事実に思わずその言葉が口をついて出た。 なんでもティアナ達に教導の意味を教えるために自分の撃墜の話をしてしまったのだと言う。 「ダメだぜ、口の軽い女はよぅ」 バルキリーから降りて何事かと見に来ていたアルトが愚痴る。普段の彼のセリフとは思えなかったが、なぜだが違和感はなかった。 「あの・・・・・・その・・・・・・見てられなくて・・・」 シャーリーは頭を下げるが事態はそんな簡単ではない。自分の撃墜に関わる情報は管理局内では未だに『TOP SECERT(最高機密)』であり、違反すれば問答無用で軍法会議になりかねない。 それも機密に関わることなので完全非公開で行われ、どうなるか全くわからない。 だがなのはは、この中に告発するような者はいない事を知っていた。 なぜならこれが機密である事を知っているのはフェイトとヴィータ、そして自分だけだったからだ。 アルトやさくらも─────いや、教導の卒業者には〝教訓〟として話していたし、完全無欠に無関係な天城君は 「(ドラマの)続きはどうなった!」 と叫んで既に宿舎に飛び込んでいた。 (もう・・・・・・) ため息をつくと、頭を下げて両手を合わす困りものの友人に再び目をやった。 (仕方ない。言うのが少し早くなっちゃっただけかな) 思いなおした彼女はシャーリーからティアナの居場所を聞き出すと、義務付けられている報告を済ましてそこに向かった。 (*) 機動六課敷地内 桟橋 ティアナはこの場所が好きだった。 夜風に吹かれながら明るい月と対称的な暗い海とを眺め、この真夏に涼しげな波音を聞けるこの場所が。 普段は訓練が終了して2,3分ほどゆっくりしていく場所だったが、ここへ来てもう20分。まるで不思議な魔法がかかったようにその場を動けずにいた。 早く強くなりたいと思っていた。だけど、間違ってるって叱られて、隣を走る相棒にも迷惑かけて悲しい思いをさせた。 これらの出来事は彼女を深く落ち込ませた。 (それに、私は結局・・・・・・) (*) 「ティア・・・・・・」 彼女から『独りにして』と言われていたスバルだが、遠く離れた茂みに隠れてエリオ、キャロと共に彼女を見守っていた。 そこに数人の闖入者が現れた。 「アルト先輩?」 スバルの疑問形の呼び掛けに、彼は無声音とジェスチャーで 「よ!」 と挨拶する。その後ろでもさくら、そしてシャーリーが 「こんばんは」 と会釈した。 どうしたのか聞こうとしたスバルだが、ティアナの声が聞こえてきたため中断された。 『なのは・・・・・・さん?』 振り向いたティアナの視線の先を追うと、軽く手を後に組んだなのはの後ろ姿があった。 (*) なのははそのまま自らの隣に座り込み、涼しむように、明るい月が暗い海に沈んでいく幻想的な風景を眺める。 そんな沈黙が10分ほど・・・いや20秒ぐらいの事だったかもしれない。ともかく、その沈黙に堪えられなくなって口を開く。 「・・・あの、シャーリーさんやシグナム副隊長にいろいろ聞きました。」 「〝なのはさん〟の失敗の記録?」 「え・・・・・・」 てっきり「なんの話?」と聞かれると思っていたティアナは少し狼狽する。 「あ、いえ、そうじゃなくて─────」 ティアナは自らの思考力が上手く回っていない事を改めて実感した。なのは達が帰投してからそれなりに時間が経過しているのだから、シャーリーでもシグナムでも聞く機会があったはずだ。 そんな簡単なことすら失念していたことにティアナはすこし可笑しくなった。 「無茶すると危ないんだよって話だよね」 なのはの確認に、ティアナの頭ではさっきの話がフラッシュバックする。 普通の、魔法すら知らなかった9歳の女の子が、魔法をその手にしてすぐに死闘を繰り返した。 少女はその後も自分の信念と守りたいもののために「早く強くなろう」として命懸けの無茶をし続け、遂には撃墜され、瀕死の重傷を負ったという話。 その少女が目の前にいるなのはであると聞かされたティアナの解答は、1つしかなかった。 「すみませんでした・・・・・・」 なのははそんなティアナに頷き1つを返した。 (*) 「じゃあわかってくれたところで聞くけど、ティアナは自分の射撃魔法をどうして信じないの?」 「それは・・・・・・兄を最後の最後で守りきれなかった魔法だから・・・・・・」 ティアナと彼女の兄ディーダ・ランスターの射撃魔法は少し特殊で、通常の半分以下の大きさの魔力球(魔力弾)を使用する。これは誰も使えないから特殊というわけではなく、練る魔力量が少ないため6~8歳の子供が普通の魔力球の練習のために使う。 つまり、リンカーコアがあるものなら誰でもできるという事だ。 しかしほとんどの場合で真っ直ぐにしか飛ばず、誘導性能や機動力など汎用性に優れた通常の魔力球には到底及ばないため使われないのだ。 しかしディーダはこれを究めることによってそれを練習用から実戦レベルにまで引き上げた。 練る魔力量が少ないということはそれだけ早く生成でき、小さいということは空気による減殺が少なくなり、より遠距離に届く。 また、真っ直ぐにしか飛ばないというのは最高クラスの信頼性の象徴であり、なのはの砲撃ですら反動で多少のブレが出る。つまり戦場の原則である『敵より早く、敵より遠くから、敵より正確に狙い撃つことができる』そんな技だった。 事実彼の技術は陸士部隊の目に止まり、装備改編前に負担の大きい魔力砲撃に代わる主力攻撃方法となっていた。 閑話休題 「そっか・・・・・・でも模擬戦でさ、自分で受けてみて気づかなかった?」 なのはの問いかけの意味が分からず首を捻る。 「ティアナの射撃魔法って、ちゃんと使えばあんなに早く撃てて、当たると危な いんだよ」 「あ・・・・・・」 「私は今まで一度もティアナとは撃ち合ったことはないでしょ?だって正面から早打ち勝負したら絶対ティアナの方が早くて正確に当たるから。だから、そんな一番いいところをないがしろにしてほしくなかったんだ。・・・・・・まぁ、でもティアナの考えたこと、間違ってはいないんだよね」 なのはは言うと、隣に置かれていたティアナのデバイス『クロスミラージュ』を手に取る。 「システムリミッター、テストモードリリース。高町なのは一等空尉。承認コード、NCC-1701A」 『OK,release time 60 seconds.(承認。解除時間60秒。)』 解除を見届けたなのははデバイスを起動状態にし、ティアナに渡す。 「命令してみて。〝モード2〟って」 ティアナはそれを受け取ると、おそるおそる指示を出す。 「モード・・・・・・2」 直後銃全体がオレンジ色に瞬いたと思うと 『Set up.dagger mode.』 という復唱と共に変形していく。 フロント・サイト(照星)の付いたマガジンを兼ねるグリップと、ピストルグリップ辺りで折れ・・・いや、折れていた物を引き起こしたというほうが正しい。 ともかく、引き起こされて真っ直ぐになった銃身は、ピストルグリップの下から魔力刃で覆うようにして銃口までつながる。 そして最後に銃口から、自らが作戦時無理やり作った魔力刃より大きなそれが、まるで短剣のように伸びた。 「これ・・・・・・」 自らの相棒の変貌に目を白黒させるティアナになのはは説明する。 「ティアナは執務官志望だもんね。ここを出て、執務官を目指すようになったらどうしても個人戦が多くなるだろうし、将来を考えて用意はしてたんだ」 ティアナは規定の60秒が経ったのか元に戻ったクロスミラージュを握りながら涙する。そんな彼女になのはは続けた。 「クロス(近距離)はもう少ししたら教えようと思ってた。でも出撃は今すぐにでもあるかも知れないでしょう?だからもう使いこなせてる武器と魔法をもっと確実なものにしてあげたかった。だから1つの技術を身につける事が目的のさくらちゃんとは違ってゆっくりやってたんだけど・・・・・・ゆっくりって地味だから、あんまり成果が出てないように感じて、苦しかったんだよね。・・・ごめんね。」 「ごめん・・・・・・なさい・・・・・・こんなに私のために準備してくれてたのに・・・・・・私、なのはさんの期待に応えられなかったみたいで・・・・・・」 「・・・・・・え?どうしてその結論!?」 「だって2発目の砲撃、なのはさん、結構本気で私を落としにかかったじゃないですか!」 「ああ、それは・・・・・・」 なのはにとって触れたくなかった、できれば触れずに行きたかったこの事柄。しかし残念なことにティアナはその事実に気付いていたのだ。 もし彼女が事前に彼と接触せずにこの場面に遭遇してしまっていたら、バレまいと思って彼にしたときとまったく同じ嘘をついて煙に巻こうとしただろう。 (なんてバカだったんだろ・・・・・・私・・・・・・) この分では自分の教える優秀な生徒達の前では、彼にしたような嘘を見破るなど児戯にも等しきものだったようだ。 だからなのははそれを教えてくれ、さらには受け止めてくれた彼に改めて感謝した。 「ごめん!実は・・・・・・あれは私のせいなの!」 なのははすべてを話した。 彼女自身から湧きあがった黒い考え、そしてそれに至った理由を。 ティアナはこの告知を少し驚いた様子だったが静かに聞き入り、最後にはどこか嬉しそうな表情へと変わっていた。 こうなると納得出来ないのはなのはの方だ。自分は最悪の場合ティアナ自身の魔導士生命に終止符すら打ちかねない行為を教官の身の上で行ったのだ。批難される事こそあっても、その様な表情を浮かべられる場面では無いはずだっだ。 「落ち着いてるんだね」 「はい。だって、私の前にそれを怒ってくれた人がいるみたいでしたから」 「それってーーーーー!?」 「私、宿舎の屋上から見たんです。なのはさんとアルト先輩が言い争ってるのを。・・・・・・先輩すごいですよね、あんなに離れてたのにちょくちょく何を言ってるのか聞こえるって」 「・・・・・・」 「その時は断片的過ぎて先輩がどうしてあんなに怒ってたのかよくわからなかったんですけど、やっとわかりました。たぶんですけど、アルト先輩に嘘をついたんですよね?」 ティアナにどこまで聞かれていたかわからない以上、嘘を重ねても仕方ない。なのはは正直に頷く。 「でも、今話してくれた話は本当の方だった。だからちょっとびっくりしましたけど、なのはさんがちゃんと私と向き合ってくれてるってわかったらうれしくって」 その顔にウソはない。その事実になのはは安堵したが、彼女のセリフはまだ終わっていなかった。 「・・・・・・でも、やっぱりちょっと強引だと思います。不発だったからよかったですが、もし撃ってたら私、ここにいられませんでした」 こちらの心情は察してくれたが、さすがにティアナもあの砲撃を無条件に看過することはできなかったようだ。 そこでなのははひそかに温めていたできれば切りたくなかった打開策のカードを使うことにした。 「ごめんね・・・・・・・それで考えたんだけど、ティアナ言ってたよね?さくらちゃんみたいな教導をしてほしいって。もしティアナが望むなら明日からでもできるけど、どうする?でも私は・・・・・・あー、もちろんティアナ達全員をどこに出しても恥ずかしくないエース級のAランク魔導士にしてみせるよ!だけど私ね、あなた達には―――――!」 「いいですよ、このままの教導で」 ティアナは言うと、座り込んでいたポートから立ちあがって清々しそうな表情で大きく伸びをする。 「本当言うと私、なのはさんに煙たがられてる、手を抜かれてるって思ってたんです。でも、全然そんなことなくて・・・・・・。だからもう、そのことはいいんです。それに今の様子だと、この教導には普通とは違う秘密があるみたいですし」 「にははは・・・・・・」 危うく言いそうになったが、立場上はにかみ笑いで応える。しかし内心切り札のカードの無力化に焦っていた。 「(これ以上私がティアナにしてあげられることなんて・・・・・・)」 「そこで私から一つだけお願い、聞いてもらっていいですか?」 「なに・・・・・・かな?」 脳裏を最悪の可能性が過る。 小さきは自らの職権の乱用、果ては犯罪まで。ティアナがそんなこと願うわけないと思ってはいても、彼女の魔導士生命を奪うかもしれなかった対価としてはそれも止むをえぬとも思えてしまっていた。 だからティアナの次の言葉を聞いた時、なのはは心底安心したという。 「もう一度、模擬戦を受けさせてください!」 なのはは自らの生徒の純真さと安心感に万感の思いをもって頷き、それに応えた。地平線の先に見えていた月は軌道の影響で沈まず、新たに登ったもう1つの月とともにクラナガン湾を照らしていた。 (*) スバルには2人の会話は聞こえなかったが、どうやら和解できたようなのでそっと胸を撫で下ろした。 そんな彼女の肩が〝とん〟と叩かれる。振り返るとさくらが〝昨日と同じジェスチャー〟をしていた。 その意味を即座に理解したスバルは頷くと、ここにいたギャラリーと共にその場から撤退した。 (*) なのは達が戻ってきたのは10分後だ。2人はロビーに入るなり驚く。 「よぅ、遅かったじゃねぇか」 婉曲語法で2人を迎えたヴィータの手には数枚のトランプが握られている。 また彼女だけでなく、シグナムやシャーリー、アルト、さくらにフォワードの3人と総勢8人が1つの机を囲んで同じようにトランプを握っていた。 「・・・みんなどうしたの?」 しかしなのはの問いはアルトの宣言でかき消された。 「いざ、革命!」 放られる1枚のジョーカーに3枚のファイブ。しかし上には上・・・・・・いや、下には下がいた。勝ち誇った顔をするアルトの前に4枚のスリーが放られたのだ。 驚愕するアルトに放った主が厳かに告げる。 「勝ちを急ぎすぎたな大富豪よ」 シグナムは微笑を浮かべると8切りして4を投げると1抜けした。 盛者必衰。アルトは一気に都を追われることになった。 悔しげに項垂れるアルトと大富豪に興じる人々。なのはとティアナは石像を続けていると、背後の入り口の扉が開いた。 「お、やっとるやっとる~」 現れたのは何か箱を持ったはやてとフェイトだった。箱には〝ビンゴ抽選機〟とある。 「いったい何事なの?」 なのはのその問いに、はやては笑顔で答える。 「さくらちゃん発案のビンゴ大会や。・・・・・・おーい!みんなこっから1枚とってな」 はやての呼び掛けに大富豪に興じていた人々がわらわら集まって来て、ビンゴカードの束から1枚ずつ引き抜いていく。 「さぁ、ティアナさんもなのはさんもどうぞ」 空気から取り残されていた2人もさくらに招き入れられ、和やかな、そして楽しげな人々の輪の中に入っていった。 (*) そのビンゴ大会はひどく白熱した。賞品として先着3名にゲームに参加した者なら一度だけ言うことを聞かせられる〝王様カード〟なるはやて特製の手作りテレカが手に入るためであろう。 途中ロビーに来た天城が司会進行を申し出たり、ヴィータがビンゴ抽選機(取っ手を回して番号のついたボールを出す機械)を盛大回して誤ってぶちまけるハプニングがあったりと波乱を巻き起こした。 しかし誰の顔からも笑顔は片時も消えず、階級などない学校のレクレーションのように和気あいあいと進行した。 そしていろいろあって何度か振り出しに戻り、3枚目になってしまったビンゴカード。おかげでまだ勝利条件であるトリプルビンゴに到達した者はいなかった。 「─────54番!さぁ、誰かいませんかぁ!」 天城がハイテンションで転がり出た球の番号を読み上げる。それに1人の少女がニヤリと微笑んだ。 「ふ、みんな済まねぇな。トリプルビンゴだぜぇ!」 ヴィータが雄叫びと共にカードを持った右手を突き上げた。 そして天城から王様カードを受け取ると、〝ビシッ〟とアルトを指差した。 アルトは自らの一列も埋まっていないカードを見て覚悟を決める。 そしてヴィータは王様カードをどこぞの長者番組の紋所のように彼にかざすと、高らかに宣言した。 「早乙女アルト!私と明日勝負しろ!」 極めてヴィータらしい命令にアルトはため息をつく。今や彼の方が上官なので拒否権がないことはなかったが、余程と言える断る理由が思いつかなかったようだ。 「仰せのままに・・・・・・」 体の演技こそ王妃に従えるナイトのようであったが、不服そうに答えたという。 (*) その後また振り出しに戻るなど激闘が20分ほど続いてようやく残りの2枚の行き先が決定した。 それはどういう因果かティアナとアルトであったが、2人ともすぐには権利を行使せず、夜も遅かったのでそのまま解散する事になった。 (*) 次の日 スターズ分隊の再模擬戦は、引き分けに終わったライトニング分隊の後に行われた。 2人の機動は訓練通りだが、クロスシフトAからBや、BからAの変更の流れは滑らかで、なのはをずいぶん手こずらせたという。 そして───── (*) スバルの連続攻撃とティアナの間断ない誘導弾の攻撃を受け、白いワルキューレは遂に地上に引きずり下ろされた。 しかし地に足を着いた彼女の砲撃力はそれでも強力であり、高度の優位に立ったスバルでも近づけなかった。 だがそんな彼女の前に虚空からティアナが現れた。 この間合い、シールド展開は間に合わない。まさに一騎打ちの早撃ちの距離だ。 どうやら早撃ちなら勝てるという助言に忠実に従ったらしい。 だが───── (甘い!) なのはは魔法の起動の邪魔になるレイジングハートを右手に持ちかえると、利き手である左手の人差し指をティアナに向ける。 「クロスファイヤー、シュート!」 放たれる小型魔力弾。確かにティアナの射撃魔法は優秀だが、その魔法を模倣できないわけではない。 なのはとの勝負においては単純な魔法の起動時間の勝負ではないのだ。 (惜しかったけど残念だったね) なのはは勝利を確信した。しかしここは地上。つまりティアナのフィールドだった。 魔力弾はティアナを貫通して、そのまま彼女ごと消えた。 「フェイク(幻影)!?」 続いてレイジングハートが右から飛翔してきた魔力弾によって弾かれ、地面に転がった。 「え!?」 そちらを見ると、砲撃用魔法陣を展開したティアナがいた。 そう、何もかも罠だったのだ。 わざと目の前に出現して助言に従った一騎打ちが狙いであるようにアピールして見せたのも、なのはが砲撃を行わずいつもの癖でレイジングハートを持ちかえる(デバイスにプログラムされていない魔法を本体経由で使おうとすると、無駄に処理しようとして発動が少し遅れるため)のも、全てティアナの狙い通りだったのだ。 あたかも助言に従った演技をすることによって、本来レイジングハートによって飛行魔法などの面において優越するがゆえに、選択肢が多いはずのなのはの選択肢を完全に奪い取る老獪な罠。 なのはは急いでレイジングハートに駆け寄るが間に合わない! 結果として右手のビルの2階から放たれたオレンジ色した魔力砲撃が、無防備の彼女を直撃した。 (*) 「やったぁ!」 ティアナがビルから出てくると、彼女を迎えたスバルにハイタッチした。 なのはは晴れていく煙の中から姿を現すと、そんな2人に笑いかけた。 「うん。文句のつけようがないくらいいい戦いぶりだったよ。それに一撃どころか撃墜されちゃうとはね」 教官の面目丸つぶれだよ~と彼女は嬉しそうに苦笑すると、遠くで観戦するライトニングの2人に集合の合図を放った。 (*) 「みんなお疲れ様。今日は午前までで訓練は終わりだけど、定期模擬戦のレポートを書いて今日の18時までに提出してね」 「「はい!」」 4人は今回引き分けか勝ちだったので気分は良さそうだ。いつもの訓練終了時と違って覇気があった。 「あと、解散前に私から渡すものがあります」 『何だろう?』という顔をする4人の前に、昨日渡すはずだった4冊の冊子を取り出した。 「今日は訓練開始から6カ月の節目の月だからね。これまでやってきた訓練の要点とかアドバイスとかをまとめてあります。暇な時でいいから目を通してね」 「「はーい!」」 4人はそれを受け取ると、互いに目配せしながら指示もないのに整列した。 「え?・・・・・・みんなどうしたの?」 ティアナが代表するように応える。 「実は私達、昨日話し合って、なのはさんに伝えたいと思ってた事があるんです」 なのはからすると全く意表をついたものであり、何を言われるか少し心配したが、先を促す。 すると4人は声を揃えて合唱した。 「「半年間ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!」」 それはまるで小学生のようなお礼の言葉だったが、心がこもっているためノー・プロブレム。 なのはは最上級の笑顔で 「こちらこそ」 と応えた。 この時、なのはは照れ笑いする自らの教え子達を見て誓ったという。 『この子たちは絶対私の手でどんな状況でもあきらめずに打破できるような一流のストライカーにして見せる。他の生徒のように短期ではできなかったけど、この子たちなら絶対大丈夫。だから何があっても、誰が来ても、この子達は落とさせない。私の目が届く間はもちろん、いつか一人で、それぞれの空を飛ぶようになっても』と。 (*) さて、昼頃から始まったアルトvsヴィータの模擬戦だが、一進一退の攻防をみせた。 そのため我慢出来なくなったさくらとフェイトが、続いて天城とシグナムが参戦する大演習となった。 勝敗についてはまた機会があれば記述したいと思う。 その2週間後、サジタリウス小隊の出張任務は解かれ、別れを惜しみつつフロンティア航空基地に帰投した。 ―――――――――― 次回予告 アルト達が第一管理世界に来てからここまでで半年が経っていた こんなにも長い間、第25未確認世界は指をくわえて一体なにをやっていたのか!? 次回マクロスなのは第25話「先遣隊」 想い人を奪われた少女の思いが炸裂する―――――! ―――――――――― シレンヤ氏
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――平凡な小学生だった私、高町なのはに訪れた突然の事態。 渡されたのは赤い宝石。手にしたのは魔法の力。 出会いが導く偶然が今、光を放って動き出していく。 繋がる想いと、始まる物語。 それは魔法と日常が並行する日々のスタート。 だけどそれは、決して私だけに訪れた事態じゃなかった。 彼に渡されたのは護符。手にしたのは自由な世界。 日常と冒険が並行する日々の始まり。 でも彼が手にした出会いは、本当に儚いもので。 その事を私達が知るのは、もっとずっと後のことで。 ――今はただ、この偶然が導いた出会いに、感謝するばかり。 魔法少女リリカルなのはThe Elder Scrolls はじまります。 「……ふむ。とすると君達は、そのミッドチルダとかいう場所からシロディールまで旅をしてきたのか」 「ええと、まあ……そんな所、なのかな?」 「聞いたことがない地名だが……モローウィンドよりも遠い所って言うんじゃ、仕方ないか。 それにしては旅慣れていないように見えるが……。 山賊やらカジートやらもいないような所なのかい、そのミッドチルダは?」 「にゃははは……うん。そんな所です」 それはまた随分と辺境なんだなと呟くアルゴニアンに、なのは達は苦笑いを浮かべた。 実に奇妙な一行だった、と思う。 女の子二人にアルゴニアンが一人。 タムリエル広しと言えども、好んでアルゴニアンと接したがる人はそういない。 かつては奴隷であり、未だに多くが泥沼の近くで原始的な生活を営んでいる、被差別種族なのだから。 勿論おおっぴらに差別される事は無いが、見目の悪さと相俟って潔癖症な帝国民からは嫌われている。 先ほど彼女達が出会ったカジートの山賊も知っていたように、レヤウィンの伯爵夫人に関する噂もある。 曰くレヤウィン城の地下には秘密の拷問部屋があるだとか、 曰く目をつけられたアルゴニアンやカジート達は生きて帰れないだとか、 曰く血の淑女なる人物が全ての拷問を取り仕切っているだとか、 まあ、多くの人は噂話だとして片付けているのだけれど。 そう言った噂が流布すること事態、如何に異種族を嫌う人間が多いかということの証明と言える。 なのはとフェイトが出会ったアルゴニアンは、奇妙なことに自らを行商人と名乗った。 何でもブラヴィルで仕入先の人と、取引をした帰りだったそうだが――……。 アルゴニアンの行商人なぞ、滅多にいるものではない。――人に嫌われている種族だからだ。 とはいえ、二人はその事を『奇妙』と思わずに受け入れた。世界の常識にはとことん疎い。 それに何よりこのアルゴニアン。不思議なことに人を惹き付ける何かがあった。 こうして共に並んで旅をしていると、それが良くわかる。 仕立ての良い緑色の衣服。動きやすそうな革のブーツ。 首から下げた宝石や、両手の人差し指に一つずつ嵌めた指輪も、 あまり自己主張をせず、綺麗に纏まっている。 背中に弓矢を背負い、腰に剣を吊るしているとはいえ―― 先ほどのように盗賊に襲われることを鑑みれば、当然と言えた。 「シェイディンハルまで品を運ばなきゃならないんだがね。 久々にレヤウィンから大回りしようかとも思ったが、まあ帝都に向かって良かったよ。 まったく、街道から離れたところを旅するなんて――女の子のやる事じゃあないぞ」 つまり二人にはブラヴィルもシェイディンハルもレヤウィンも、どんな都市なのか見当もつかない。 それにしても、話を聞くだに物騒な世界である。 山賊が蔓延り、怪物が闊歩し、世間に危険が満ち溢れていて。 ミッドチルダや地球といった、治安の良い世界に暮らしていた二人には、ちょっと想像できない。 「にゃはは……。道を五分も歩けば山賊に出会うって、ちょっと大げさな気もするけれどねー」 「大袈裟なもんか。私が旅に出たばかりの頃は、それはもう酷かったんだぞ。 まあ、さすがに帝都の近くまでくれば治安も良いが――衛兵が巡回しているからだな、結局は」 「……………あの、アルゴニアンさん?」 「うん? どうかしたか、フェイト」 「地図とかって、持って無いですか? シロディールの」 「そりゃあ私は持ってるが――そうか。二人は持ってないのか」 はい、と頷くフェイトに対し、ふむと考え込むアルゴニアン。 「別に見せるのも、渡すのも構わんが――どちらにしろ、もう少し後にした方が良いだろうな」 そう言って彼は、ちらりと視線を空に上げる。 つられて二人も見上げると、もう夕焼けも過ぎ去り、夜が迫ってきているのがわかった。 また、その空の美しさに息を呑む。 夕焼けが端の方から暗くなっていき、煌く星の瞬きが徐々に鮮明になっていく。 その数は、とてもではないがミッドチルダや海鳴の比ではない。 文字通り『満天の星空』と言ったところか。 そして何よりも目を引くのは――大きな二つの月。 彼女達が知っている月というのは勿論一つで、白や黄色なのが普通だったが、 このタムリエルで見える月は二つ。それも様々な色が混じり合った、奇妙な美しさを持っているのだ。 「う、わぁ……」 「凄い――綺麗」 「……もう遅い。この先に私の行き付けの宿がある。 どうせ今から帝都に向かうには夜通し歩くか、途中で野宿だろう。 其処に泊まろうと思うのだが、どうだ?」 二人から拒絶の言葉がでる筈もなかった。 ―――宿屋『不吉の前兆』。 あまりにも、あまりな名前である。 ましてや、かつてその宿で凄惨な殺人事件が起きたとなれば、だ。 何でも泊まっていた老人が、何者かによって刺殺されたのだとか。 その鮮やかな手並み、そして老人が何かに怯えたような素振りを見せていた事から、 此度の殺人事件は、ある集団の手によるものだと実しやかに囁かれている。 曰く――暗殺組織『闇の一党』の仕業だ、と。 だが、そんな事情があるとなれば、宿屋の辿る運命は二つに一つ。 つまり寂れるか、栄えるか、という至極当然の二択であり、 幸いにも『不吉の前兆』が辿ったのは後者であった。 近くにある宿屋『ファレギル』が街道から少し逸れた場所にある事も手伝って、 この小さな、個人経営の宿屋はそれなりに繁盛をしているらしい。 ランプの明るい橙色の光に照らされた室内は、活気に溢れていた。 食堂には数人の客が思い思いに食事を楽しみ、酒を飲み、 店主はその光景を楽しそうに眺めている――と言った具合だ。 新たな客の存在に意識を奪われた店主は、其の人物が常連客であることを認めると、 その顔に満面の笑みを浮かべ、両手を広げて迎え入れた。 「やあアルゴニアン、よく来てくれたね!」 「ああ、相変わらず盛況なようで何よりだ。――二部屋頼めるかい?」 「二部屋? そりゃ構わんが――ああ、後ろのお嬢ちゃんがたは、あんたの連れか」 「そういう事だ」 「…………娘か?」 「馬鹿を言え、アルゴニアンにインペリアルの娘がいるものか」 そんな和やかな会話の末、あっという間に宿泊の手続きが進むのを見て、 なのはとフェイトはある事実を思い出し、慌てて口を挟もうとした。 理由は明白だ。 『この国のお金が無い』 それを言うと、アルゴニアンは笑った。 「子供がそんな事を気にするものじゃあない」 という訳で、あっという間に二人は寝室に放り込まれていた。 『子供は寝る時間だ』という事らしい。 12歳ともなれば、九時や十時に眠るという事に多少なりとも抵抗は感じるのだが、 ――とはいえ、其処は女の子が二人。パジャマに着替えた後は自然にお喋りの時間となる。 寝台――小さなものが一つ。とはいえ少女二人ならば十分な大きさだ――の上に座り、 先ほどアルゴニアンから手渡されたシロディールの地図を広げ、興味津々といった様子で覗き込む。 「ええっと……帝都は、この真ん中の湖に浮かぶ島、だよね」 「たぶん。それで街道を南東に下って――川沿いのブラヴィル。海まで行くと、レヤウィン」 「其処から川の対岸に出て、ずーっと北上すると――帝都の東側に、シェイディンハル、かー。 アルゴニアンさんって、こんな長い距離を歩くつもりだったんだね」 大雑把な地形の上に街道と、各地の大都市の位置だけが記された地図を見ながら、 移動中に彼の語った土地の場所を確認していく。 『空を飛ぶ』という概念の無いらしいこの世界において、この距離を歩くのは中々に堪えそうだ。 とはいえ行商人ともなれば、やっぱり方々を歩き回るのだろうし、然程の苦労でもないのだろうか? 「……そうだ。ねえ、なのは。気づいてた?」 「うん? 何のこと?」 「あの人、行商人って言ってたけど――『売るほどの荷物』を持ってなかった」 「…………」 言われてみれば、だ。 仕入先の人と取引をした、という事はそれなりの『商品』を持っていなければならない。 だが――彼はそんなに大量の荷物を持っていただろうか? 否だ。勿論、旅人の常として背負い袋は持っていた。 だが……その中に売り物が入っているとは、到底思えない。 「……それに、助けてもらった時もだけど。 ただの行商人が、あんな風に気配を消せるのかな……」 「……でも、この世界は物騒だって言ってたよ。 それにアルゴニアンさんが何を売ってるのかにもよるんじゃないかな? ひょっとしたら、凄く軽い物なのかもしれないの」 「それは……そうだけど」 押し黙る二人。 やがて出た結論は『まだこの世界の事をよく知らないから』だった。 違和感は感じる。奇妙だと思う。 だがそれは、この世界では普通なのかもしれない。 ――それに悪い人じゃなさそうだし。 「……そう、だね。少し考え過ぎてたかもしれない」 「そうそう、一日歩いて疲れちゃったんだよ、きっと。 ――今日はもう、寝ちゃおうか」 「うん……おやすみ、なのは」 「おやすみなさい、フェイトちゃん」 フッと蝋燭の火が吹き消され、 二人にとって『初めての日』は、ゆっくりと過ぎて行った……。 戻る 目次へ 次へ
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「内部からの襲撃だぁ!?」 シャマルからの報告に、ヴィータはまさしく寝耳に水といった声を上げた。 ゲームで悪質な反則を見た気分だった。 数日前からホテルの警戒に当たり、今も敵の如何なる奇襲にさえ対処出来るよう万全の体勢を整えていたというのに、敵はまともな手順を飛ばしていきなり王手を掛けて来たのだ。 「どっから侵入された!? こっちは何も察知してねーぞ!」 『オークションの人形が突然動き出したって……! 信じられないわ、クラールヴィントのセンサーもさっき突然反応したの!』 「なんだとぉ……っ」 ホラー映画を真に受けたような報告を聞いて、ヴィータの脳裏に浮かんだのは以前の夜の事だった。 予兆のない突然の襲撃。時間も場所も関係ない、影の中から湧き出るような出現。 ヴィータとシャマル、そしてザフィーラには覚えのある感覚だった。 「襲撃者は<悪魔>か!」 『<悪魔>? 何のことだ?』 思わず口を突いて出た言葉を聞いて、通信越しにシグナムが首を傾げる。しかし、今は説明している暇がない。 「すぐに援護に向かう!」 『待って! センサーに新しい反応、今度は外部から複数の接近よ!』 『来た来た、来ましたよ! ガジェットドローン陸戦Ⅰ型、機影30!』 「このクソ忙しい時にっ!」 矢継ぎ早に飛び込んでくる凶報に、ヴィータは思わず悪態を吐いた。 真に守るべきオークションの中枢を既に襲撃され、おまけに挟み撃ちの形で追い討ちがやってくる。 理不尽を感じずにはいられない状況だった。 「部隊長、隊長陣から命令は出てるか!? ホールの状況はどうなってんだ!?」 『なのは隊長からの命令、「外部からの襲撃者の迎撃に専念せよ」「内部は独自に対処する」とのことです!』 『援護が必要ではないか? テスタロッサ以外、室内戦には向いていないぞ』 『―――待って、はやて部隊長と通信が繋がりました』 現場の状況や通信を纏め、司令室へ中継していたシャマルが言った。 『こちらはやて、現在地はホールに繋がるドアの前や。マズった、締め出されたわ。敵はホールを結界で隔離しとる。ここからでは様子も分からん』 話の内容に反して、声色には僅かな動揺すらも見せないはやての声を聞き、全員の心に僅かな安堵が浮かび上がった。 不測の事態の中で最高指揮者の無事を確認出来たことは朗報だったし、揺るがぬ部隊長の態度は混乱と不安を払拭する効果があった。 こういった混戦状況で、実戦経験のある上司の言動は大きな信頼性を持つ。 『現状ではホールに手は出せん。ライトニング分隊、スターズ分隊は共に外の襲撃者を迎撃。内部の迎撃は隊長陣に任せる』 なのはの命令と状況を合わせ、判断の下、改めて部隊長から正式な命令が下される。これに逆らうことは出来ない。 正直、ヴィータは不安に後ろ髪を引かれる思いだったが、なのは達への信頼で僅かな迷いを振り切った。 内部に回れば外側が薄くなる。いずれにせよ、敵の侵入を許した段階で苦しい判断は避けられないのだ。 『私も外で合流するつもりやけど、この結界は得体が知れん。どこまで隔離されてるか分からんから、その間の現場指揮はシャマルに一任する。各員、速やかに行動に移れ!』 『了解!』 「了解!」 戦況は一気にピンチだ。気がかりは山ほど。 しかし、やるべき事を決めたヴィータは今やその真価を発揮していた。 まず、この機動六課が守る場所へ近づく身の程知らずどもを吹き飛ばし、それが終わったら中に戻って今度は侵入したドブネズミどもを一匹残らず磨り潰す。シンプルだ。 「いくぜ、グラーフアイゼン!」 《Anfang.》 迷い無き意思を秘め、鉄槌の騎士は自らのデバイスを呼び起こした。 「とりあえず、外はこれで大丈夫かな……」 通信を終えて、はやては小さくため息を吐いた。 短い通信だった。こちらの様子がおかしいことは悟られていないだろう。 余計な不安や懸念は抱かせたくなかった。つまらない自己犠牲精神などではなく、隊長としての全く合理的な考え故だ。 ―――息を潜めて曲がり角の物陰から外へ向かう通路を覗き込めば、そこには枯れ木のような人形が数体、観客のいない人形劇のように徘徊していた。 例の得体の知れない結界のせいで、ホテルから外に出るルートはかなり限られている。 この人形が徘徊する通路を抜けることは必須だ。 はやてはもう一度ため息を吐き、壁に背を預けて自分の判断が正しかったどうかを考えた。 シグナムかヴィータに護衛を頼むべきだったか。いや、外部の敵への対応を万が一にも間違えるわけにはいかない。本来最終防衛ラインとなる隊長陣がいきなり襲われたのだ。 部隊長という地位とその命の価値をはやては正確に理解していたが、それ故に優先順位もしっかりと決めていた。 分の悪い賭けじゃない。今はリスクを犯す時だ。 「ガチンコは苦手やけど」 もう一度深呼吸して、目を開く。 意思は固まった。 通路へと飛び出す。 「―――久々に走るか!」 はやての気配に気付き、得体の知れない敵意が一斉に向けられる。 久しく感じる危機感と緊張感で顔を引き締め、それでも尚不敵に笑いながら、はやてはバリアジャケットを纏って駆け出した。 魔法少女リリカルなのはStylish 第十三話『Chance Meeting』 『前線各員へ! 状況は広域防御戦です。ロングアーチ1の総合管制と合わせて、私シャマルが現場指揮を行います!』 ホテルの外周を警備していたティアナは、スバル達との合流の為にホテルへと足を戻していた。 そこへ、シャマルの通信が届く。 「<スターズ4>了解」 シャマルの報告に、ティアナは緊張と責任が肩から一つ降りるのを実感した。 副隊長陣を含むベテランが今回の任務には参加している以上、新人は前線から一歩退くことになる。 すでにヴィータとシグナムがホテルから出撃したことは確認しているし、必然的に自分達新人の仕事は撃ち漏らした敵の迎撃になるはずだ。 その事に若干の安堵と、同時に物足りなさを感じてしまうのは若さゆえの血気なのかもしれなかった。 しかし、本当は初出動時の激戦が異常だったのだ。 もちろん、今回は後方に回るとはいえ、それを理由に気を緩めるような愚行は犯さない。 ティアナは前線の様子を確認する為、シャマルにモニターを回してもらうよう個人的に通信を開こうとして―――それより早くシャマルの方から通信が繋がった。 『ティアナ。前線の様子をモニターして、クロスミラージュに送ります』 「え……っ? あ、はい」 元より自分に状況を見せるつもりだったらしいシャマルの言葉に、ティアナは戸惑いながらも応じる。 その疑問に答えるように言葉が続いた。 『なのは隊長から、戦闘時にはアナタの意見も取り入れるように言われているの。敵の勢力図と味方の配置も付属して送るから、率直な意見を聞かせて』 すぐさまシャマルからモニターとマップが送られ、目の前に表示される。 予想していなかった展開に、ティアナは動揺した。 一新人魔導師に過ぎない自分の意見が望まれるとは思ってもいなかった。しかも、それを命じたのがなのはだ。 自分が嫌われてるとか、蔑ろにされてるとは思っていない。だが、それでもティアナはなのはとの間に確執を感じていた。 意に沿わぬ訓練。疑問に応じない態度。 それらは全て、目の前に突きつけられた現実を見て吹き飛ぶ。 ―――あたしは、能力を買われている。 「……了解!」 適度なリラックスを保っていた体に、不意に力が漲るのを感じた。 まだ戦闘に入ったわけでもないのに気分が高揚するのを実感する。 目の前に敵の姿を捉え、その攻撃が視界を掠める―――そんな実戦の中ではない。しかし、確かに今自分が戦闘に関わっている緊迫感があった。 常に前へ出て戦い続けてきたティアナにとって、全く未知の感覚だった。 それは<指揮する者>の戦い。 「―――味方の配備はこれでいいと思います。エリオとキャロにはコンビで動くよう徹底させてください」 スバルの合流を待つティアナの現在地から正面に捉えた方向に、最も多くの敵勢力が迫りつつある。それを迎え撃つ為にヴィータとシグナムは先行していた。 しかし、もちろんその方向からのみ敵が来るわけでもなく、反対側からはホテルを挟み込むように別働隊の敵が接近していた。 比較すれば少数勢ではあるが、残ったザフィーラだけでは捌ききれないこの敵の迎撃をエリオ達ライトニング分隊が担当していた。 単独でも戦闘可能なティアナとスバルのコンビが、単純に数の多い敵の対処へ回るのは当然のことである。 「ただ、ザフィーラには先行した攻性防御を重点に行動するようお願いします」 『二人への援護は要らないのね?』 「エリオとキャロの戦い方なら互いにカバーし合えます」 『了解。ではそれを加えて、これより作戦行動を開始します!』 シャマルとの通信が打ち切られるのと同時に、ティアナの元へスバルが駆けつけた。 「お待たせ!」 「デバイスを起動させて、周囲を警戒。そろそろ前線での戦いが始まるわよ」 そして、ティアナのその言葉が予言であったかのように、遠くの空で爆発の音と光が瞬き始めた。 「てぉぁあああああああっ!!」 青い獣の咆哮が響き渡る。 ザフィーラの<牙>が地を割き、崖を砕いてガジェットを串刺しにした。 大地から隆起する無数の光の杭。 ガジェットの熱線は強靭な障壁を揺るがすことも出来ず、逆にザフィーラの攻撃はAMFを貫通して敵をただの鉄屑へと変えていった。 戦闘力の差は明確だった。 しかし、戦力差はその限りではない。ガジェットは単純な武力―――物量の力で以って、盾の守護獣の牙を何体かがすり抜けていく。 それを追う為に踵を返そうとして、しかしザフィーラは思い留まる。 「エリオ! キャロ! そちらに数体向かったぞ!」 撃ち漏らしを後方の新人二人に任せ、彼は積極的に獲物を捕らえ、狩ることに専念した。 不安はある。しかし、同時に楽しみでもあった。あの少年少女が自分の信頼に応え得るのか、すぐに分かるだろう。 「了解! キャロ、いくよ!」 「はいっ!」 『キュクルー!』 迫り来る敵影を捉えて、キャロを背後に控えたエリオが戦闘態勢を取った。 あの列車での死闘で得た、二人の戦い方。 敵を迎え撃つエリオの体に不必要な緊張はなく、見据えるキャロの瞳に悲壮な覚悟もない。たった一度の実戦が、幼い二人を大きく成長させていた。 「ブーストいきます!」 「頼む!」 キャロのデバイス<ケリュケイオン>が淡い輝きを放つ。 「我が乞うは、清銀の剣(つるぎ)。若き槍(そう)騎士の刃(やいば)に、祝福の光を―――」 《Enchant Up Field Invade》 「猛きその身に、力を与える祈りの光を―――!」 《Boost Up Strike Power》 両手左右で別々の増幅魔法を行使。フィールド貫通特性の付加と、攻撃力の向上の効果を持った二種類の光がエリオを包み込んだ。 「いっくぞぉぉおおおーーーっ!!」 吼え、駆ける。 恐るべき速さで飛び出した若い獣は、迫り来る鋼鉄の群れに一切の恐れ無く喰らい付いた。 複数体による弾幕も何ら脅威にならない。 新型ガジェットの持つ強力な熱線や、常軌を逸した<悪魔>の眼光に晒された時の圧迫感に比べれば。エリオにとってそれらは想定する脅威『以下』のものだった。 全身を突撃槍と化したかのような一撃が機体を食い破り、ブーストにより強化され、衰えることを知らない勢いがすぐさま次の標的へ襲い掛かる。 撃破を示す爆発が次々と巻き起こり、その中をエリオの放つ魔力光が駆け抜けていった。 一方的な展開の中から、一体のガジェットが運良く逃げ出すことに成功する。 仲間を省みない機械的な行動と、単純な数の有利によるものだった。 ガジェットの向かう先。そこには、直接的な戦闘力を持たないキャロの姿があった。 後方支援から潰そうというセオリーどおりの判断。 しかし、もちろんそれを彼女に従う白い下僕が許すはずもない。 「フリード! <ブラストフレア>!!」 『キュァアアアッ!!』 キャロの命令に従い、フリードはすぐさま火球を吐き出した。 その一撃。火炎を生み出すタイムラグは短縮され、圧縮率は倍近く上がっている。実戦で何かを得たのは二人だけではなかった。 硬球ほどにまで圧縮された火炎は、やはり単純な魔力量が及ばず、AMFによって無効化されたが、炸裂と同時に生み出された強烈な衝撃はガジェットの動きを硬直させた。 その一瞬の停滞を、背後から迫るエリオは見逃さない。 背中から貫通して顔を出したストラーダの穂先。そのまま槍を振り上げてガジェットを真っ二つに切り裂くと、エリオが離脱すると同時に遅れて爆発が響いたのだった。 「ほう―――」 戦いながらも後方の戦闘を伺っていたザフィーラは思わず感嘆を漏らした。 見事な連携だった。自分達がどんな特性を持ち、それをどう活かすか理解したうえで行動している。互いのサポートも申し分ない。 自分に先行した単独戦闘命令を与えた理由も分かる気がした。 エリオとキャロは二人で一つ。分担して戦うことは出来ないが、コンビを組むことで新人であっても高い完成度を誇ることが出来る。 「残念だったな。これで盾は二重だ。貴様らがここを突破できる可能性は万に一つもなくなった!」 愚直な前進を続けるガジェットの群れに向かい、ザフィーラは後方の二人を背にして誇らしげに言い放って見せた。 不測の事態の中で、健闘する機動六課。 しかしこの時、彼らにとって二度目となる脅威が近づき始めていた。 「―――っく!? これは……っ!」 「どうしたの、キャロ!?」 何かと共鳴するように明滅するデバイスを押さえ込み、苦しげに呻くキャロを見てエリオが慌てて駆け寄る。 慣れ親しんだ寒気と苦痛の中、キャロは虚空を睨み据えながら呟いた。 「近くで、誰かが召喚を使ってる……。しかも、これは……!」 『クラールヴィントのセンサーにも反応! だけど、この魔力反応って―――!』 シャマルの言葉を、司令室で情報を解析していたシャリオが引き継ぐ。 『以前確認したパターンです! 反応複数、気をつけてください! これは、前回の<アンノウン>と同様の反応です!!』 悪魔、襲来。 「―――動きが変わったな」 「っつか、もう見た目からして変わってるじゃねーか」 上空に退避したシグナムとヴィータは、シャマル達の報告と連動するように変化したガジェットの様子を見て顔を顰めた。 新たに加わった増援のガジェット、また撃破には至らなくともかなりの損傷を負わせた機体も含めて、鋼鉄の体に肉の皮膚を張り付かせた姿でそこに浮かんでいた。 破損した部分をその奇怪な肉塊で繋ぎ合わせ、巨大な眼球とそこから放つ不気味な生気を持った機械と生物の融合体と化している。 それは間違いなくリニアレールで遭遇した、ガジェットに正体不明の蟲が寄生した姿だった。 <寄生型>と仮称されたそのガジェットが群れを成す光景は、初見のシグナムとヴィータを戦慄させるに足る異様さを醸し出している。 『確認した<アンノウン>はそのガジェット寄生型。それとホテル周辺から、こちらは全く未知の反応が複数出てるわ』 「またかよ! 防衛線の意味ねーじゃねえか、卑怯くせえ!」 「室内戦になるか……私が行こう」 『いえ、違うの。その反応が出現してから、外へ向かってるのよ』 シャマルの言葉に、シグナムとヴィータは眉を顰めた。 内部へ浸透するならともかく、わざわざ外部へ姿を現す。敵の目的はホールの襲撃ではないのか? 『目的は分からないけど、スターズFやライトニングFに向かって移動しているわ』 「こちらと戦うことが目的なのか?」 「どちらにしろ、このままじゃガジェットと挟み撃ちだ。こっちもガジェットの数を全部押さえつけられるわけじゃねぇんだぞ」 次々と舞い込む悪い報せに、ヴィータは思わず悪態を吐いた。 敵の―――<悪魔>の目的は何となく分かる。それは、あの夜の戦いを経たヴィータやザフィーラが実感を持って理解するものだった。 奴らが欲しがるモノがあるとしたら一つだけ。 それは血だ。 その生贄に、何故自分達を選ぶのまでは分からないが。 「―――ヴィータ、ラインまで下がれ」 歴戦の騎士をして戦慄を抱かせる化け物の参戦に、背後の新人達への不安を隠せないヴィータへシグナムが言った。 「敵の数が多すぎる。二人で戦っても確実に何機かは撃ち漏らすだろう。 混戦になれば新人達の経験不足が痛い。誰かサポートする者が必要だ。行ってやれ」 「わ、わかった!」 「シャマル、ザフィーラにも伝えろ。こちらから援護には向かえん」 『分かったわ』 ヴォルケンリッターのリーダー格であるシグナムの判断の元、四人の歴戦の戦士達は更に追い込まれる戦況の中で行動を開始した。 「スバル、ヴィータ副隊長が援護に来てくれるわ。それまであたし達だけでやるのよ」 「お、おう!」 「スバル」 「な、何……?」 「ビビるな」 「お、おう!」 やれやれ。ティアナは完全に萎縮した相棒に気付かれないようにため息を吐いた。 新たに参入した敵の正体が、あの列車に現れた者と同質であることを告げられた途端、スバルはこの様になってしまった。 ティアナは敵の正体を知り、スバルは知らないという差もあるだろう。 だがそれを差し引いても、<悪魔>とスバルの相性はあまり良くないらしい。 <悪魔>の持つ、人を根源から恐怖させる闇の存在感が、無垢なスバルの感性を撫でつけ、その危機感を無闇に煽るのだ。 ―――最悪、戦えないかもしれない。 冷淡とも言える考えを抱きながら、ティアナはガジェットの群れが迫る方向に背を向けて、守るべきホテルの方向を睨みつけるという奇妙な状況に陥っていた。 そして、全くの謎と告げられた敵の姿がついに確認できる。 「何、アレ……?」 何が出て来ても驚かないし、どうせ理解なんて出来っこない。 <悪魔>に対して、前回の戦いでそう学んだスバルだったが、眼前の光景にそんな開き直りすらあっさりとなくなってしまった。 搬入口のあるホテルの裏手からゆっくりと現れる敵の群れ。その姿は少なくとも人の形はしている。 それらは継ぎ接ぎの布袋を出来損ないのピエロの衣装のように見せかけて、しかし決して人間では在り得ないようなぎこちない動きで跳ねるように歩いていた。 右腕が巨大な処刑刀そのものになっており、足は単なる棒切れが二本、裾から伸びて地面に突き立ち、フラフラ動いてその不安定なバランスを終始保っている。 一体、どんな生物がその中に入っていれば、こんな存在そのものがぎこちないピエロが出来上がるのだろうか? その答えを示すように、不意に敵がティアナとスバルへ向けて何かを投げつけた。 思わず身構える二人の眼前で、放り投げられた物が力なく地面に横たわる。 それは、丁度敵の<服>と同じ袋のような―――いや、中身が入っていなければ、まさに単なる布袋としか見えないような物だった。 では、その<中身>とは何なのか? 「まさか……」 ティアナが想像したものが何なのか、口にするより早くソレらは現れた。 何かの擦れる微細な音が幾つも重なり、連続した一つの音となって四方八方から接近してくる。 「ひ……っ!?」 それが羽音を含む『虫の移動する音』だと気付いた瞬間、スバルは思わず悲鳴を漏らしていた。 特定の方向ではなくホテルの周辺の森林地帯から、木々の間を抜け、茂みを這い。空中から地面から、黒い煙としか表現できないほど密集した虫の群れが現れ、二人の間をすり抜けて行った。 そしてそれらは、まるで吸い込まれるように横たわる布袋の中へ入り込んで行く。 空気のように中を満たされた布袋は膨れ上がり、蠢き―――そして立ち上がった。 「うぇええっ!?」 「まったく、虫に縁があるわね」 不気味なピエロの中身を知り、スバルは盛大に顔を顰めて、ティアナは皮肉交じりの笑みを浮かべた。 無数の虫―――<スケアクロウ>が群れを成して布袋に入り込み、あたかも一つの生命のように振舞う姿。 それが、新たに現れたおぞましい敵の正体だった。 「ね、ねぇ、ティア。アレ殴って、もし袋が破れたら……」 「帰りに殺虫剤買っていきましょ」 「うわぁあああ、嫌だぁー! 最大のピンチだよぉ!」 すでに虫がトラウマになりつつあるスバルの横では、他人顔のティアナが射撃武器であるクロスミラージュを構えていた。 ある意味普段通りである二人のやりとりの前では、先ほどと同じプロセスで次々と敵が数を増やしている。まるで風船のような手軽さだった。 「真面目な話、必要以上にビビることなんてないんだからね。スバル、アンタは強いんだから」 「う、うん。分かった!」 非現実的な光景に恐慌を起こしそうになるスバルの意識を、普段通りのティアナの姿が現実に繋ぎ止めていた。 その不気味さ以外、全く未知の力を秘めた敵。<スケアクロウ>の数は、既に10を超えている。 「いくわよ!」 「おう!」 否応の無い緊迫感が周囲を支配する中、ティアナの銃火が開戦の合図となって二者の間で瞬いた。 『スターズF、<アンノウン>との交戦を開始しました! ライトニングFもたった今接敵!』 「クソ、何でこんなことに……!」 オペレーターの報告が通信機から漏れ、ヘリの機内でヴァイスは拳を握り締めた。 閉じられた手のひらの中には無力感があった。 シャマルからの通信がヴァイスに向けられる。 『ヴァイス陸曹。敵は今のところホテル内部には向かっていませんが、いつ目標を変更するか分かりませんし、これまでの修験パターンを省みるに、奇襲の可能性も考えられます。危険を感じたら、すぐにヘリを上空へ退避させてください』 「……っ、了解」 戦闘能力を持たない単なる移動手段であるヘリとそのパイロットであるヴァイスに対して、まったく妥当な命令ではあったが、同時に彼への戦力外通知であることも明らかだった。 その事実に、何故かどうしようもない情けなさと焦りを感じる。 焦燥感の理由は分かっていた。 今、機動六課は苦しい状況にある。 隊長陣は押さえ込まれ、護衛すべき要人達はすでに窮地に立たされている。浮き足立つ戦況の中、正体不明の敵の追撃まで現れ、味方の戦力は絶望的に足りない。 そんな中で、戦う力を持っているはずの自分が後方で燻っているという事実が、どうしようもなくヴァイスを焦らせ、責め立てるのだ。 戦えるだけの技能を持ち、武器も手元に、そして何より自分の尻にまで火が付きそうな戦闘の最中―――でも何もしない。 自分はヘリパイロットだから。 それが愚にも付かない言い訳なのだと理解しているからこそ、尚ヴァイスの焦燥感は増した。 (ここまで追い込まれてるってのに、頭の中がグルグル回るのをやめねぇ。指一本動かせば戦えるのに!) トリガーを引く為の指一本。ソイツが動けばいい。それだけで自分は敵を撃ち続けるマシーンになれる。その戦力を今は誰もが必要としているのに。 動かない。 狙撃手として、前線で戦い続けてきた自分の中で最も新しい経験が、引き金を引くことを躊躇わせる。 (俺は、ビビっている。敵味方が入り乱れる混戦の中で、俺の弾が味方のすぐ傍を掠めるだけで竦んじまう……) 過去の失敗。一般人の誤射。それが実の妹。 自分の魔法が正義の為に放たれ、女子供を人質に取るようなクソ虫の犯罪者どもを確実に貫き、一瞬で意識を砕く―――そう信じて疑わなかった頃だ。 敵に気付かれずに倒すのが<狙撃> その為に誘導性を削って限りなく弾速を高めた魔力弾は、実弾と同じくただ直進する破壊の塊。決して当たる物を選びはしない。 それ故に重い一発の弾丸の重みを、スコープの先で倒れる妹を見てようやく実感したのだ。 その重さが、狙撃手としてのヴァイスの歩みを止めてしまった。 命に別状は無かったが、光を失った妹の片目が自分を見る度に彼の良心は苛まれる。 同じことが繰り返されたら―――? その自問が、今のヴァイスを押さえ込む最大の原因だった。 (俺はヘタレか? ヘタレだな。俺の狙撃にはもう絶対なんて無くなっちまった。それを知っただけで、もう指一本動かせねぇ……) この手は、ただただ無力感を握り締めるだけで、あとは何の役にも立たない。 ホテル屋上にある来客用のヘリポートからは、戦況が一望出来た。 上空で瞬くシグナムとガジェットとの激突。地上の戦闘は、ティアナとスバルのいる方向が一際激しい。 状況が有利なのか不利なのかまでは分からないが、二人の少女が激戦の中にいることだけは分かった。 二人のうち、自分と同じ限りなく実弾に近い魔法を操る少女を思い浮かべる。 (ティアナ、お前は撃てるんだよな。制御の利かない弾頭を、味方に当たるかもしれない弾丸を、味方の為に撃てるんだよな―――) それは彼女が誤射を経験したことが無いからなのかもしれない。 しかし、そんなものは何の言い訳にもならず、ただ現状で自分とティアナとの差が明確に表れていることだけは確かだ。 ティアナは撃てる。 自分は撃てない。 それが何よりも事実。誰かの為に撃てる彼女と、撃てない自分の違い。 覚悟の違い。 (俺がヘリを選んだのは、こんな時に篭って震える為じゃねぇ!) トラウマを克服出来たわけじゃない。だからこんな物に乗っている。 しかし、戦いが一人一人の覚悟や決意を待ってくれるような悠長なものではないことはヴァイスも理解していた。 自分に嘘をついて、心の傷を欺きながら、少しだけ戦場に近づく。 コクピットに取り付けられていた待機モードのデバイスを引っ掴むと、ヴァイスは意を決して座席から立ち上がった。 (少しだ! 少しだけ腹を括る! それくらいなら、今の俺にも出来る筈だ!) 手の中のデバイス<ストームレイダー>が、久方ぶりに呼びかける主の命令に応じて真の姿を現した。 第97管理外世界の質量兵器に酷似した形状。 ヴァイスのイメージに応じて、スナイパーライフルの姿を持ったデバイスは戦いの息吹を放っていた。 「こちら、ヴァイス! 緊急事態につき、狙撃による援護に回ります!」 驚くシャマルを押し切り、ヴァイスは<悪魔>との戦闘に参戦した。 「リボルバーシュートォッ!!」 スバルのナックルから放たれた衝撃波がスケアクロウ数体をまとめて吹き飛ばした。 戦って分かったことだが、敵の動きは遅い。 人体の構造に囚われないトリッキーな動きと数だけは脅威だったが、いずれも高い運動能力を持つスバルの脅威には成り得なかった。 横合いから飛び掛ってくる敵の一撃を大きく避け、刃が空しく地面に突き立った瞬間を狙って蹴りを叩き込む。 骨格を持たない体がグニャリと折れ曲がり、次の瞬間吹っ飛ぶ。 リボルバーシュートで吹き飛んだ仲間と同じく、そいつは地面を転がった。 しかし、人間ならば悶絶する一撃を受けても、奴らは意識を失うことなどない。 無数の蟲が寄り集まって人の形を取っているだけの存在に、一つの意識などというものが存在するかははなはだ疑問だが。 「ダメだ、キリがないよ!」 「威力が足りないだけよ、腰が引けてるわ! もっと踏み込んで、スバル!!」 一撃を与えることは容易いが、ダメージらしきものを感じない敵の動きに焦るスバル。それをティアナが叱咤した。 今のスバルの動きはティアナの目から見ても精彩を欠いている。 反してティアナの攻撃は冴えに冴えていた。 両手が火を吹く。二人を包囲するように動く敵の最中へ、ティアナはクロスミラージュの魔力弾を次々と送り込んだ。 衝撃波特有の広い範囲と浅い貫通力を持つリボルバーシュートとは反対に、ティアナの形成する魔力弾は小さく硬い。 布の防御を易々と突き破り、内部の蟲を消し飛ばして、確実にダメージを刻み込んでいった。 ズタズタに撃ち抜かれた目標から順番にスケアクロウは消滅していく。 出血のように内部の蟲の死骸が穴から噴き出し、最後は粉々に破裂四散して、グロテスクな死に様を晒していった。 「スバル、もっと動いて! アンタのスピードなら、こんな奴ら敵じゃないのよ!?」 「期待してもらってるところ悪いけど、これで精一杯だよ!」 互いに交わす軽口。しかし、応じるスバルの声には少しずつ余裕が無くなってきている。 単純な攻撃力ならば、ティアナよりスバルの方が優れていることは自他共に認めているのに。 ―――やはり、スバルは<悪魔>を相手にして竦んでいる。 ティアナは冷静にそう結論付けて、内心で舌打ちした。 予測し辛い敵の攻撃や、その数の多さもプレッシャーになるだろうが、そもそも思い切りの良さがウリのスバルにそんな理由は副次的なものとしか思えない。 彼女は、ただ<悪魔>を怖がっている。 それが<悪魔>と戦い慣れた自分以外の人間が持つ普通の感覚なのか、ティアナには判断出来なかったが、状況が芳しくないことだけは理解出来た。 「とにかく、敵を倒すことに集中して! ガジェットまでやって来たら厄介なことになるわ!」 「わ、分かってる!」 足を砕いて転倒させた敵に銃弾を撃ち下ろしながら警告するティアナに、しかし返す言葉は頼りない。 仕方がない。 スバルが戦えないのなら、自分が戦う。 単純な道理だった。 「OK! なら、あたしが踊ってあげるわ―――!」 闘争心に満ちた獣が牙を剥くように口の端を吊り上げ、ティアナは嬉々として<悪魔>の群れを睨み付けた。 つい先日も感じた高揚だ。昔は何度も感じていた。 初めての生娘じゃない。<悪魔>を狩るのは得意だ。 ティアナは『いつものように』敵中へ自ら突っ込もうと足に力を込め―――不意に脳裏を走り抜けた。 自分が戦う時、いつも無意識に思い描いていた<不敵な笑みと赤いコート>の姿とは別に、<揺るがぬ瞳と白い外套>の姿が。 『チームの中心に立って、誰よりも早く中長距離を制する―――』 自分の積み重ねてきた戦い方に間違いは無い。 そう確信しているが、訓練で何度も教えられた教導官の言葉が、突撃しようとするティアナの足を止めた。 戦うのはいい。その為に自ら前に出ることも。 でも、それじゃあ今本調子じゃないスバルは? 『前だけを見ないで。一度足を止めて、視野を広く持てば、周りの仲間の動きも見えてくる。そして味方を活かすの―――』 ティアナは自分一人で戦うことを選ぶと同時に、無意識にスバルを切り捨てようとしていたのだ。 それに気付いた瞬間、愕然とした。 リスクを背負って前に出ることは、ただ自分の覚悟の問題だと思っていた。 その結果、残された相棒がどうなるのか忘れていた。 圧倒的な力を持つダンテと共に戦った昔とは違うのだ。あの時の経験は自分の中で確かに自信となっているが、今ここに立つ自分は勝手気ままな子供ではない。 機動六課の一員であり、スターズ分隊のセンターガードの任を与えられた管理局員だ。 ただ敵を倒すだけじゃない。仲間と共に戦い、任務を果たす義務がある。 その責任を背負う自覚と覚悟をするだけの歳は重ねてきた。 『貪欲になることはいいことだよ。でも、強くなることは自分を追い詰めることじゃない―――』 昂ぶり、熱くなった頭が急激に冷えるのを感じた。 「―――スバル、もう一度リボルバーシュート!」 「え!? ……了解!」 突然のティアナの言葉にも、スバルは反射的に従った。 解き放たれる衝撃波が数体の敵を巻き込んで、混沌としつつある戦場を一掃する。 しかし、やはりそれは敵を倒す決定打には成り得ない。地面に叩きつけられたスケアクロウは、ノロノロと次々に起き上がってくる。 ―――その無防備な瞬間を、ティアナの正確無比な射撃が狙い撃ちにした。 「ティア、ナイスショット!」 「作戦変更! スバルは動き回って、敵を引っ掻き回して! アイツらじゃあアンタのスピードには追いつけないわ! 援護とトドメはあたしがやる!」 「了解っ!!」 倒した敵の数こそ数体だったが、その一撃は戦いの流れを変えた。 これまでとは違う、互いに要所でカバーし合う方法ではなく、一方が一つの役割に徹する新しいコンビネーション。 ティアナの強力な援護を得たと確信した途端、動きに迷いの無くなったスバルが思う様駆け抜け、後方からティアナが射的ゲームよろしく敵を狙撃する。 「どりゃぁあああっ!」 ミスショットなど一度も無く、連続して炸裂する魔力弾の音に勇気付けられたのか、スバルの声に力強さが戻った。 抉り込むようなリボルバーナックルのブローが敵の腹を打ち破って、黒い中身を撒き散らしながら宙へ跳ね上げる。 空高く舞い上がった標的を、ダメ押しにティアナの射撃が貫いた。 流れを味方に付け、順調に撃破数を重ねていく中で、左手のクロスミラージュのカートリッジが尽きた。 「リロードに入るわ! 援護、少し薄くなるわよ!」 「了解!」 一度勢いのついたスバルは簡単には止まらない。 もはや、ティアナの援護に後押しされまでもなく、彼女は自ら駆ける。 右の火力を維持しながら、ティアナはバレルカートリッジをパージして、左腰のパウチにある予備のバレルを装着しようと腕を下げた。 その時。 『スターズF、そちらにガジェットが接近しています! まもなく接敵距離!』 「く……っ!」 シャマルの切羽詰った報告が、ティアナを一瞬動揺させた。 グリップとバレルがガチッと噛み合う音と、ほぼ同時に木々の間を抜けて一機のガジェットが飛び出してくる。 迎撃は。間に合う。 間に合う、が。AMFを思い出した。咄嗟の一撃でフィールドを撃ち抜けるか? 確実さを欠いたギャンブルの一発にティアナは歯噛みしながらも魔力を可能な限り集束する。 それを放とうとした瞬間、馴染みの薄い射撃音と共に空中のガジェットがその身に弾痕を刻んで爆発四散した。 スバルではない。全く予想だにしなかった援護の射線を追ったが、その先にあったのはホテルだけだった。 「今のは!?」 『―――こちらヴァイス。増援は任せろ。離れた敵を優先して、俺が狙撃する』 「ええっ、ヴァイス陸曹!?」 スバルの上げた驚愕の声は、ともすればティアナも漏らしてしまいそうだった。 援護も予想外なら、それを行った人物自体予想外だ。 一瞬で着弾した魔力弾の弾速から、自分と同じ誘導性を削った集束率を見出したティアナは、それをホテルからの距離で正確に当てたヴァイスの腕前に戦慄した。 ティアナの命中精度も相当高いが、それと狙撃では必要とされる技能が全く違う。 「すごい……」 思わず感嘆が漏れた。 これまでの自分の戦い方に疑問を持ちはしないが、新しい見方が増えた気がする。 足を止め、敵を見据え、そして撃つ―――これを極めれば、きっと自分はもっと強くなれる。 「おっしゃぁああー! 待たせたな、雑魚どもォ!!」 間髪入れずに幾つもの鉄球が流星のようにスケアクロウの群れに降り注いだ。 ガジェットに遅れて駆けつけたヴィータのシュワルベフリーゲンが一撃で一体、威力に物を言わせて敵を引き裂く。 スバルとティアナの前に降り立つ真紅。 小柄な上司は、その身にそぐわない圧倒的な力強さを以って敵の群れを一瞥した。 「……オメーら、よく持たせたな。こりゃぁ、あたしのお守りなんて必要ねぇか」 肩越しに振り返り、悪戯っぽく笑うヴィータに対して、ティアナも思わず苦笑を浮かべる。 「いえ、援護感謝します」 「相変わらず固い奴だな。知ってるか? なのは隊長は部下のそんな態度に結構傷付いてるんだぜ」 「この任務が終わったら、善処しますよ」 「なんだ、今日は素直じゃねーか」 「いろいろ思うところがあったんです」 ヴィータは深く尋ねなかったが、自然と二人の間には訓練の時に出来た溝はなくなっていた。 先ほどの一撃でスケアクロウの数は随分減り、周囲を見回す余裕の戻り始めた状況でスバルがヴィータの傍に駆け寄る。 「ヴィータ副隊長、ガジェットの方は!?」 「おう、シグナム一人で全部抑えられるとは思えねぇ。すぐに来るぞ」 『来たわ。寄生型ガジェットが3体、正面から来ます!』 シャマルからの正確な情報が飛び込み、三人はすぐさま身構えた。 援護のヴァイスを加えた四人の中で、自然とティアナが指示を下す。 「ヴァイス陸曹は<アンノウン>への狙撃をお願いします!」 『了解、任せときな!』 「接近するガジェットに対しては、まずあたしが先行射撃を加えます! その後は―――」 「よし、射撃後三秒で突撃すっぞ! いいな、スバル!?」 「了解!」 淀みなく打ち合わせを追え、ヴァイスの狙撃が小気味よく周囲の敵を吹き飛ばす中、ティアナはカートリッジをロードした。 足元に展開される魔方陣。増加した魔力と鍛え上げた技術で周囲に10発を超える高出力の魔力弾を形成する。 「いきます! <クロスファイアシュート>―――Fire!!」 空中に姿を現した寄生型ガジェットの不気味な姿を捉え、それに向けてティアナは全力射撃を叩き込んだ。 爆裂する閃光と煙。その中でまだ尚蠢く影に向けて、青い影と赤い影が突撃していく。 圧倒的不利な状況下で始まった戦闘は、しかし今や人間の勝利で終わろうとしていた。 戦いの最中、ティアナの手に残った新しい力の片鱗を感じさせる感触と共に。 「―――全滅した」 戦いの音が途絶えたホテルの方向を見つめ、ルーテシアが簡潔に戦闘の結末を告げた。 同時に彼女の足元で広がっていた暗黒の空間は波が引くように消えていく。 ルーテシアの言葉がガジェットと悪魔の全滅を示すことだと、ゼストは理解していた。 こちらの敗北に終わった結果だが、どんな形にせよこの少女が闇の力をこれ以上使い続けなくても良いというのは望ましいことだ。 「そうか。目的が達せられたかは分からないが、もう我々が関わる必要もないだろう」 「ん」 ゼストの渡す外套を羽織り、ルーテシアは小さく頷く。 「ここまで手が届くは思えんが、早くこの場は去った方がいい」 元々気の進まないことだっただけに、さっさとルーテシアを連れてここを離れたかった。 あのホテルにいる筈の協力者とやらもゼストにとっては得体の知れない存在だ。 あえてその情報を渡さないスカリエッティ本人も含めて、全く信用の置けない者ばかりだった。 ルシアを数少ない信用の置ける者達を除いて、積極的に関わりたいとは思わない。 「ルシアは?」 「もうこちらに向かって来ている。あとで合流する」 「わかった」 「さて、お前の探し物に戻るとしよう」 ルーテシアを促し、踵を返す。 「……む?」 何の前触れも無かった。 その瞬間、ゼストが異変を察知できたのは歴戦の勘と、何より長くルーテシアと付き添うことで磨かれた闇の気配への感性だった。 僅かな違和感に振り返った時、ゼストの視界に異様な光景が飛び込んできた。 何も無い場所にポツンと、黒染みのような『影だけ』が広がっている。 「―――ッ! ルーテシア!!」 咄嗟に少女の体を自分の元に引き寄せた。 僅かな違和感はあっという間に巨大化し、凶悪な獣の形となって二人に襲い掛かった。 地面に広がる影から、まるで『物に影が出来るのではなく影から物が出来るのだ』と言わんばかりに真っ黒な豹の化け物が飛び出す。 間違いなく<悪魔>の一種だった。 襲い掛かる影の化け物。僅かなヒントと一瞬の判断を間違えなかったゼストは、幸運にもその攻撃からルーテシアを守ることに成功した。 つい先ほどまでルーテシアのいた場所を<悪魔>の爪が薙ぎ払う。 ルーテシアを抱えたまま、ゼストは慌てて距離を取ろうとしたが、敵は間髪入れずに追撃を仕掛けてきた。 影そのもので構成された獣は、開いた口を巨大化させて、二人まとめて喰らい尽くそうと跳ねる。 「ちぃ……っ!」 悪態は迫り来る死の影に何の意味も無く。 ゼストは腕の中のルーテシアを庇うように、敵の前に自らの体を差し出して盾にしようとした。 しかし、覚悟を決めても体の一部を失うような激痛はやって来ない。 「お前たちは……」 視線をやれば、代わりに敵が吹き飛ぶのが見えた。 二人を救ったのは、何処からとも無く現れた二匹の白い狼だった。 文字通り『何処から』とも無く―――ルーテシアの足元に一瞬広がった影の中が、この世に存在する『何処か』である筈が無い。 対峙する黒い豹と相対してルーテシアとゼストの前に立ち塞がった二匹の白い狼は、やはり<悪魔>に類する者だった。 「ありがとう―――<フレキ><ゲリ>」 ルーテシアの抑揚の無い言葉に、二匹の狼は僅かに顎を動かして応答した。 この二匹も<悪魔>には違いない。 ルーテシアは<悪魔>を使役するが、その支配は完全ではなく、奴らにとって人間は等しく生贄だ。また、この二匹には別に主が存在する。 しかし、そんな<悪魔>の中でも、この二匹の狼は比較的マシな方だとゼストは認めていた。 少なくとも、この二匹はルーテシアを守ろうとしている。 互いに威嚇する唸り声を上げ、白と黒の<悪魔>が睨み合う拮抗状態が展開された。 条件は五分だ。なんとかして、この状況から抜け出さなくてはならない。 ゼストは素早く思案し―――拍子抜けするほどすぐに変化は起こった。 「ゼスト! ルーテシア!」 木々の間から人影が飛び出す。 駆けつけたルシアは拮抗した状況の中、一瞬で黒い塊を敵と判断すると、空中で全身を錐揉みさせながら遠心力の乗ったダガーを投げ放った。 銃弾に匹敵する加速を得た刃は敵の眉間に突き刺さる。 生身とは思えない姿では、その一撃がダメージを与えたかまでは判断出来ないが、攻撃を受けた敵はあっさりと身を足元の影に沈めて消えていった。 「―――去ったか」 脅威が消えたことを確認して、二匹の狼もまた霞のように消滅していく。 彼ら<悪魔>には時間も場所も関係ない無く―――ゼストは改めてこの不可思議な存在に戦慄した。 「ゼスト、今のは?」 「ルーテシアが呼び出した<悪魔>ではないな」 周囲を未だ警戒するルシアにゼストは答える。 二人の間で、珍しくルーテシアが口を開いた。 「……私以外にも、<悪魔>を召喚できる人がいる」 「本当か?」 「さっきと、私が召喚した時も、何かと共鳴した。あのホテルに―――」 「なんてことなの……」 ルーテシアの指差す先。ホテルにいるらしい、もう一人の悪魔召喚師を思い浮かべて、ルシアが吐いたものは悪態などではなく、ただはっきりと憐れみだった。 敵であろうと味方であろうと、まともな人間が<悪魔>と関わって不幸にならない筈が無い。 今のルーテシアがそうであるように。 ルシアとゼストは互いの顔に浮かぶ悲痛な表情を見合わせ、諦めたようなため息を吐いた。 一体、<悪魔>は何処まで自分たちに付き纏うのか? 「……さあ、もう行きましょう」 重く沈む空気を捨て置き、ルシアは二人を促した。 また追撃が迫る前に、この場を離れなければ。 三人はまたいつもように寄り添って森の奥へと消えていった。 「そういえばルシア、随分と速かったな」 「警備の人間が予想以上に健闘していたわ。私が手を出したのは、ほんの少しだけよ」 「なるほど。管理局も、なかなかやるようだ」 「いずれ、私達とぶつかることになるかもね」 「かもしれんな」 「―――キャロ? キャロ、大丈夫?」 「……エリオ君」 なんだか我武者羅なままに戦闘は終了した。 二度目の戦闘は初めての時と同じ緊張の連続で、しかしただ一つ違うことは集中出来たことだった。 恐れ戦き、動けなくなることはない。自分の力で戦い抜けたことが、今のエリオには誇らしい。 しかし、共に戦った少女が虚空を見据えたまま微動だにしないのを見て、エリオは緩んでいた気を引き締めた。 「ひょっとして、まだ何かいるの?」 キャロには自分には無い力がある。 それは、エリオが漠然と感じていることだった。 死んでしまいそうな儚さと、全てを圧倒するような力を同居させる不思議な少女の存在は、エリオの中で知らず大きくなっている。 「ううん、大丈夫。あのピエロみたいな敵はもういない―――と、思う」 根拠を話せないのに断言するものおかしいかな? と思い、キャロは付け加えた。 「そっか」 「うん。ただ、逃がしちゃったな、と思って」 「逃がした?」 「敵を」 その言葉の真意を、エリオは全く誤解した。 夢中で戦い続ける中で、敵を一匹残らず倒せたか確信は無い。おそらく、何匹かは逃げたのだろう。 キャロはそれを指している、と―――。 しかし彼は知らない。 キャロが、この襲撃の一因となる者達に、あとわずか指を掛け損なっていたという事実を。 (わたしと同じ、<悪魔>の力を持つ人……) 自分の影に戻ってくる<シャドウ>が怒りの感情を燻らせているのを感じ、キャロはぼんやりと思索した。 仲間意識なんて感じない。 今は見ぬ<悪魔>の力を使う同胞に対して抱く感情があるとすれば、それは僅かな畏怖であった。 あの列車の一件以来、この力を不必要に恐れることは止め、使うことを覚えたが、当然のように頼もしさや自信なんて欠片も感じはしなかった。 相も変わらず<悪魔>は恐ろしく、おぞましい。 今も命令にこそ従うが、明らかな不満と指定した獲物をただ屠殺することだけを欲する闇の獣は、人が従えるような存在では決して無い。 ―――心なんて許せない。気を緩めれば、その瞬間殺される。 だからこそ、あれほど多くの<悪魔>を召喚し、使役した敵に対して、キャロは畏怖しか感じなかった。 (きっと、その人はわたしとは違う) <悪魔>を恐れていないのだろうか? <悪魔>を愛しているのだろうか? いずれにせよ、自分とは違う<悪魔>との関わり方を持つ相手だ。 もし、これから先その人と顔を合わせることがあったら、一体どうなってしまうのか自分自身でも分からない。 「……敵で、良かったのかも」 キャロは思わず本音を呟いていた。 どんな相手にせよ、敵なら分かりやすい。殺し合いをすればいいだけだから。 「エリオ、キャロ。よくやった。周囲の敵はこれで一掃されたようだ」 先行してガジェットを狩り続けていたザフィーラが戻って来て、幼い二人を労った。 今や、彼は二人の認識を完全に改めている。 彼らはベルカの騎士が認める戦士だった。 「スターズ分隊も戦闘を終了している。これより合流するぞ」 「あの、フェイト隊長達の方は……」 「連絡待ちだ。あの二人なら問題はないだろうが、合流後も連絡が取れなければ、おそらく副隊長陣が突入することになるだろう」 「たぶん、大丈夫だと思います」 「む? ……キャロがそう言うなら、そうかもしれんな」 根拠の無いキャロの言葉にも、ザフィーラは納得して見せた。 彼もキャロの独特の感性は知っている。 レアスキル持ちは理屈では説明できない能力を持つ者も多い。断定は出来ないが、キャロの保証は少なからずなのは達の身を案じていたザフィーラとエリオを安堵させた。 「……あれ?」 三人連れ立って合流地点へ向かう中、最後尾を歩いていたエリオはふと地面に光る物を見つけた。 駆け寄り、それを拾い上げる。周囲に散乱したガジェットの残骸の最中にソレはあった。 「ナイフ……」 矢じりのような刃と、握って振るうことを目的としていない細い柄。 投擲用のスローイングダガーだった。 異様と言えば異様な物が転がっていた。 単純な金属物であるダガーを扱う者などこの場にはいない。 ガジェットの武装であるはずもなく、仮に第三者がこの場に居たとしてもこの武器を使う者が単なる魔導師や魔法生物であるはずがなかった。 「エリオ、何をしている?」 「あ、はい! 何でもありません、すぐ行きます!」 ザフィーラの呼び声がエリオの意識を呼び戻し、答えの出ない思考は中止された。 一先ず、拾ったダガーを懐に収め、エリオは慌てて二人の後を追った。 「ホテル周辺、敵影ありません」 幾つもの報告が飛び交っていた司令室に、最も望まれる一言が告げられる。 突然の奇襲に始まり、混戦気味の戦闘で絶えず緊張感を強いられていたオペレーター達にようやく安堵の色が広がった。 つい先ほど、簡潔だがなのはから内部での戦闘が終了した報告も受けている。 しかし、一つの山を越えた穏やかな空気の中で、ただ一人グリフィスだけが周囲とは全く反対の方向へ表情を変化させていた。 「八神部隊長に通信を繋げ! 早く!」 凛とした声は緊張感を失わず、むしろそこに焦りすら加えられていた。 「えっと……特に部隊長から指示は出ていませんが」 「だから、こちらから繋げと言っているんだ!」 困惑するオペレーター達の遅々とした反応に、グリフィスは珍しく苛立ったような態度を示す。 慌ててコンソールを操作し、通信を担当したルキノはようやく異変に気付いた。 「あ……っ、通信繋がりません!」 「ホテル内の敵影をもう一度調べろ! 一番近いのはヴィータ副隊長だったな、すぐに『救護』に向かわせるんだ!」 最初にはやてと通信を交わした段階で、彼女の言動に違和感を感じていたグリフィスは現状を既に想定していた。 だからこそ、戦闘の最中最も苦心したのは、戦力を割いてはやてを救いに行くよう命令を下すことを自制することだった。 「『救護』って……部隊長、襲撃されてるんですか!?」 「十分考えられるだろう? 外を襲った<アンノウン>もホテルから出てきたんだぞ。とにかく、部隊長の無事が確認できるまで最悪を想定して動け!」 「でも、部隊長なら自分の身を守るくらい……」 「バカヤロウ! 部隊長の魔法特性を知らないのかっ!? 室内戦で戦える人じゃない!」 おそらく初めて聞くグリフィスの怒声に、ルキノは思わず身を竦めた。 普段の穏やかな物腰を一切無くした余裕の無いグリフィスの様子を見て、全員がようやく緊急事態を察する。 慌てて各々が行動しようとする中、不意に通信モニターが開いた。 『アロー、聞こえますか? 窓から見たけど、戦闘は終了したんかいな?』 「八神部隊長!!」 バリアジャケットを纏っているが、変わりないはやての顔がモニターに映し出されるのを見て、その場の誰よりも大きなグリフィスの声が響いた。 いつの間にか、傍らにはリインも浮いている。 「は、はい! 戦闘は終了しました。こちらに損害はありません。ホテルの人員に関しては、まだ調査待ちです」 『ごめんごめん、ちょっとさっきまで立て込んでてな。戦況把握出来てへんねん』 「付近に敵は? 救援は要りますか?」 『あらら、やっぱりグリフィス君にはバレてたのねん』 努めて冷静にはやての様子を伺っていたグリフィスは、負傷の様子も無いことを確認して、ようやく本当に安堵のため息を吐くことが出来た。 はやてのテンションが少し高いことを除けば、切羽詰った様子は見られない。状況は安定したのだろう。 「……貴女の考えを知ることが、僕の任務ですよ」 グリフィスは苦笑しながら、少しだけ皮肉交じりに言って返した。 『相変わらず殺し文句上手いなぁ。愛してるよー、グリフィスきゅん!』 『……すまないね。心配かけまいとしているが、本当に危なかったんだ』 不意に、はやて以外の男の声が通信に割り込んだ。 モニターを共有して現れたのは、オークションの参加者とも思えるようなスーツ姿の麗人だった。 機動六課にとって多少なりとも関わりのあるその人物の登場に、グリフィスは驚愕する。 「ヴェロッサ=アコース査察官!?」 『や、グリフィス君。なかなか素敵な台詞だったよ。今度ご教授してくれ』 はやての副官として働く中で、グリフィスはヴェロッサとの面識を得ていた。 「アコース査察官が、部隊長を?」 『ああ、保護したよ。例の謎の襲撃者に関連する<アンノウン>だね。なんとか駆逐出来た』 『あー……ごめんな、グリフィス君。心配掛けて』 先ほどまでの、何かを誤魔化すような騒がしさは身を潜め、はやては苦笑を浮かべながら言った。 グリフィスが自分の陥っている事態を察し、その上でこの状況で正確な指揮を執ってくれるという信頼があった。 しかしそれは、彼の心配を知って無理を通したのと同じことだ。 隊長としても、一人の人間としても、自分の命は自分だけのものではない。はやてはそれを自覚していた。 「いえ、無事ならそれで結構ですよ。―――近隣の観測隊に通達を出し、念の為周辺の森林を探ります」 『うん、お願いな。救護隊への通達は?』 「すでに済んでいます」 『なら、私はこのままアコース査察官と一緒にホールへ向かってなのは隊長達と合流するわ。応援が来るまで、部隊は警備を続行な』 「了解しました」 『ところで、グリフィス君』 「はい?」 『さっき、チラっと見えたのはデレっちゅーことでええ?』 「通信終わります」 冷たく通信を切り、シャリオ達の忍び笑いを聞き流しながら、グリフィスはようやく普段の機動六課の空気が戻ってくるのを感じた。 戦闘が終われば、ホテルの周辺は拍子抜けするほど平穏を取り戻していた。 相変わらず<悪魔>どもは倒れた後に一切の残骸を残さない。 息も出来ないほどの大乱闘を繰り広げたと思ったのに、実際に残るのは木や地面に刻まれた破壊の跡と散らばった鉄屑だけだ。 「あたしは地下駐車場を見てくる。オークションの品物が一部、まだあそこに置いてあるはずだ」 簡潔に警備の続行を命じて、ヴィータはスバルとティアナに告げた。 再び新人達を残していくことに僅かな不安を感じるが、未だ興奮冷めやらぬスバルはともかく冷静なティアナには任せてもいいと思った。 「警備員がいるはずだけど、一般のだからな。あの化け物どもが残ってたら逆にやべえ。お前らも、まだ油断すんなよ?」 「了解。ライトニング分隊と合流後、少し周囲を散策します」 「あの、なのはさ……隊長は?」 スバルはなのはの安否というよりも、ただなんとなく声が聞きたいなと思って尋ねた。 戦っている時は夢中だったが、あの不気味な敵との遭遇で心臓は今もドキドキ言っている。 自分でもよく分からないが、記憶の奥にある何かが、あの化け物の放つ雰囲気と共鳴して恐怖を生み出しているのだ。 「ホールも結構メチャクチャらしいからな。フェイトは残って、なのはだけこっちに向かってるよ」 「そうですか。よかった……」 戦闘員にあるまじき安堵の笑顔を見て、ティアナは『油断すんな』と釘を刺した。ついでに頭にクロスミラージュも刺した。 「戦闘で民間の協力者がいたらしいからよ、ソイツも同行してる。警戒すんなよ」 「協力者?」 「ま、詳しくは後で取り調べだろ? じゃ、あたしは行くからな」 「お気をつけて」 「おう」 後頭部を抑えて悶絶するスバルを尻目に、ヴィータとティアナは先日より幾分壁の無い会話を交わした。 ヴィータが立ち去った後、ティアナは何となく周囲を見回した。 シグナムは、ヴィータと同じく敵の残党を警戒して、森林をチェックしながらこちらに向かっているらしい。 「……敵は、いないみたいね」 「分かるの?」 「勘だけどね」 「なんか、ティアが言うと説得力があるよね」 能天気に笑う相棒を見て、ティアナも苦笑を浮かべた。 「スバル」 「うん?」 「ありがとう」 「え、いきなり何?」 とても貴重な笑顔と素直な言葉を聞き、その理由に思い至らないスバルは焦った。 慌てふためくスバルを尻目に、ティアナは一人、今日までの出来事を反芻する。 長く出会わなかった<悪魔>との遭遇。久しぶりに闇に浸した闘争本能は、知らず自分の心をささくれ立ったものにしていたらしい。 なのはが言っていた。自分は、焦っている。 確かに、そうなのかもしれない。 今日の戦いで掴みかけた新しい感触が、それを自然に認めさせている。 自分はもっと多くの事を学べる。一人ではなく、仲間と共に戦える。 その実感が、ティアナの中にあった気付かない焦燥感を少しずつ消していってくれた。 答えが出るのはまだ早い。しかし、確かにこの手には―――。 「…………なのは、さ」 少しだけ歩み寄ってみようと、小さく囁くようにあの人の名前を口にしてみようとして―――それは運命の悪戯に遮られた。 ホテルの正面玄関が開く。 ティアナとスバルは思わず視線をそちらに向けた。 警備は未だ続行中。敵襲を退けたとはいえ、今はまだ危険な状況下だ。 ホテルの人員には未だ内部での待機を命じられ、ティアナ達にも無断で出る者は強制的に中へ戻す権限が与えられている。 ましてやそれが、オークションの参加客であれば、それは在り得ない筈のことですらあった。 「あの人……」 スバルが呆然と呟いた。 ホテルからまるで当然のように外へ出て来たのは、明らかにホテルの従業員ではない、豪奢な服に身を包んだ男だった。 真っ白なスーツを見せびらかし、黒いブーツの歩みはホテルの襲撃など気にも留めてない。 葉巻の煙を燻らせ、自分が歩く先に何の障害も無いことを微塵も疑わない不遜な態度は、違和感を通り越して呆気に取られるしかなかった。 間違いなくオークション参加者の富豪の一人であり、真っ先に戦闘が開始したホールにいたはずの人間でありながら、怪我一つ無いその男は、二人の護衛を引き連れてホテルから歩き去ろうとしていた。 「あの、ちょっと待って下さい! 危険ですから、中に戻って……!」 慌ててスバルが追い縋るが、相手は声すら届いていないかのように無視して去っていく。 歯牙にも掛けないその姿勢に、スバルは持ち前の性格で怒るよりも一層心配そうに声を掛けた。 「あの、待って……!」 「Freeze(動くな)!!」 刃のように鋭い声が割って入った。 警告というよりも敵意の混じった罵声のような声を聞いて、それを向けられた本人でもないのにスバルは竦み上がる。 先ほどの落ち着いた様子から激変して緊迫感に満ちた相棒を、スバルは振り返った。 「ティ、ティア……どうしたの? 危ないよ、降ろして!」 ようやく足を止め、しかし背は向けたままの男に向けて、ティアナはあろうことかクロスミラージュを向けていた。 二人の護衛が静かにティアナの方へ向き直る。 しかし、ティアナは決してデバイスを納めようとはしない。 「デバイスなんてやりすぎだよ! あの人は一般客なんだから……」 「こっちを向け! 従わないと撃つわよ!」 突然の豹変に驚き、更に続く言葉を聞いてスバルは今度こそ顔面蒼白になった。 守るべき一般人にデバイスを向けた上、射撃の警告まで突き付けている。正気とは思えない。 そして、だからこそ混乱した。 普段は冷静沈着なティアナがなぜこんな暴挙に出るのか? あまりに唐突で、あまりに意味不明だった。 完全に思考のショートしたスバルは、ただひたすらティアナと男の間に視線を往復させる行動しか取れなくなった。 「―――君は、管理局員か?」 背を向けたまま、男は尋ねた。 見た目通りの、重苦しく、力に溢れ、同時に力の無いものを嘲る意思を含んだ声色だった。 人を圧迫する声だ。 それが理由かは分からないが、険しいティアナの表情が更に皺を刻んだ。 「問題だな」 答えを聞くまでも無く、呆れるように吐き捨てると、男はそのまま歩みを再開した。 「動くなって言ってんのよ!」 ヒステリックに叫び、ティアナは本当に撃った。 スバル以外の誰が見ても目を疑う行動。 狂気の弾丸は真っ直ぐに男を狙い―――瞬時に射線へ割り込んだ護衛の一人が、あっさりと魔力弾を弾き散らした。 いつの間にか両手に携えた曲刀が、波打つような形状の刀身に魔力光を帯びて虚空へ突き出されている。 ティアナの魔力弾の弾速に反応し、その貫通力を相殺してみせた、護衛の力と技だった。 もう一方の護衛がティアナに向けて刃を向ける中、男はようやく振り返ってみせた。 「驚いたな。本当に撃つとは……」 言葉とは裏腹に、男の鋭い瞳はこの世の全ての物事に無関心だった。 その瞳を、ティアナは無尽蔵の敵意を持って睨み据える。 「何のつもりかね、君は?」 「あたしの名前はティアナ=ランスター」 「ふむ、知らんな」 ティアナの名乗りが一体どういう意味を持つのか『本当に、心底心当たりがない』といった様子で男は呟いた。 その言葉に、ティアナは笑みを浮かべた。 リラックスや友好とは全く正反対の、獣が殺意と共に牙を剥き出しにする時と同じ行動だった。 「6年前、アンタが起こした事件で死んだ……アンタが殺したティーダ・ランスター一等空尉の妹よ―――<アリウス>!!」 血を吐くような叫びが木霊し、傍でそれを聞いたスバルは愕然とティアナを見つめた。 自分を見つめる激昂した少女の視線と、その魂の叫びを聞き届けたアリウスは、一つだけ頷く。 「知らんな。他所を当たってくれ」 納得でも疑問でもなく、アリウスの感想はただそれだけだった。 話は終わったとばかりに踵を返し、何の躊躇いもなく歩き去る姿。その背に護衛も付き従う。 ああ、そうか……。 ティアナは、そのいっそ清々しいとも言える無関心さに、それまでのゴチャゴチャした思考は綺麗さっぱり無くなっていた。 前触れも無く仇を目の前にした動揺。 意思に反して体を突き動かす憎しみの衝動。 引き金に掛かった指を止める理性。 自分の行動に対する混乱。 ただ一つの疑問。 何故、兄を―――? そんなあらゆるものが心からすっぽり抜け落ちた。 自分を路傍の石としか見ていないような、一切躊躇いのない歩みを見送って、ビックリするほど静かに悟る。 ああ、そうか。 ―――コイツは、もうここで殺していい。 「アァァリィウゥゥゥゥーーースッ!!!」 ティアナはその瞬間、正義や仲間の為ではなく、ただ憎悪の為だけに引き金を引いた。 荒れ狂う憎しみを表すように、暴走染みた出力で放たれた魔力弾はプラズマを撒き散らして、無防備なアリウスの背中に殺到する。 しかし、今度は突如出現した巨大な炎の壁に防がれた。 「何っ!?」 アリウスとティアナ達の間を遮るように地面から噴き出した爆炎は、それ自体が物理的な防御力を持つかのように、飛来した魔力弾を打ち消す。 尋常ではない現象に、ティアナとスバルが共通した抱いた感覚は、やはり<悪魔>の出現と同じものだった。 そして、それは正解だった。 轟々と唸る炎の音がそのまま獣の唸り声へと変化し、それに合わせて形を持たない炎が独りでに捻れ、束となって人型を形作る。 現れたのは、人の体と牛の頭を持つ巨大な炎の悪魔だった。 「ア……アレは……っ」 スバルの脳裏にかつての記憶と恐怖が蘇った。 幼い頃、自分に初めて死の恐怖を植えつけた火災の中で見た怪物―――思い出したその姿と寸分違わぬ形でソイツは再び目の前に現れた。 ソイツを目にした瞬間、スバルの中にあった<悪魔>への漠然とした恐怖がはっきりと形になって蘇る。 幼い日に出会ったアレが。忘れていたはずのアレが。 わたしは、怖い。 過去の悪夢との再会にスバルが完全な恐慌状態に陥る中、一方のティアナは具現した上位悪魔の存在には目もくれず、その炎の先を見ていた。 「アリウス……ッ!」 炎の向こうで、あの男が嘲笑したような気がした。 それは、運命の悪戯としか言えなかっただろう。 あるいはこの時の再会が、別のものであったのなら。 この場に居合わせた二人の男の再会のうち、ティアナの想いを知る優しいハンターとの再会であったのなら―――全ては違っていたかもしれない。 彼女の心は余裕を取り戻し、新たな生活の中で手に入れかけていたかけがえのない物を身に付け、一つの成長を遂げていただろう。 だが、そうはならなかった。 ほんの少しの、タイミングの違いでしかなかったが。致命的なまでに。 望まれながらも決して望まれない悪夢の再会は果たされた。 理性は焼き切れ、胸に抱いた義務感は消え、明日を見る為の瞳は光を失った。 今はただ、長年燻り続けていた無念を燃やし、憎しみだけを糧にして、過去を切り裂くのみ。 その手に掴みかけていた<たいせつなこと>は、もはや頭の中から消え去って―――。 ティアナが抱くのは、ただはっきりと―――憎悪。 to be continued…> <ダンテの悪魔解説コーナー> スケアクロウ(DMC4に登場) ちっぽけな虫けらでも、そいつが<悪魔>の一種となったら油断は禁物だぜ。 一匹一匹は便所にたかる蝿にも劣るような奴でも、奴らには常識では計り知れない行動で力を付ける闇の本能がある。 スケアクロウという名前自体は魔界の甲虫に付けられたものだが、ここではコイツらが群れを成して形を取った出来損ないのピエロみたいな人形のことも指している。 布袋に密集して入り込み、まるで一つの意思を持つようにのように行動するのがこの悪魔の正体だ。 完全な一つの意思に統率されていないせいか、動きはフラフラと落ち着きがない。 トリッキーな動きといえば聞こえはいいが、冷静に見れば無駄な動きで隙だらけだ。ダンスの仕方を一から教えてやろうぜ? ただ、やはりその数と、肉体を持たないせいか一撃では致命傷になりにくい特殊な耐久性が曲者と言えば曲者だ。 それでも雑魚には違いない。ビビらずに、中の害虫をくまなく駆除してやるとしよう。 まあ、殺虫剤が効かないところが普通の虫よりちょいと厄介なところだな。 前へ 目次へ 次へ
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「? なんだろう……これ」 キャロ・ル・ルシエがそれを発見したのは『引越し準備の偶然』だった。 どんな人間でも遭遇しうるありきたりなイベントにより、彼女はそれを見つける事になる。 必要な物をまとめ、要らない物を整理していた時に荷物が詰まっていた古い箱の底から。 金色の大きな輪とその中にデフォルトされた一つ目が刻まれた三角形。 輪からは数個の楔が垂れており、全てが埃の中で確かに輝く金色をしている。 紐がついているコトから首に提げて使うと言う事も理解できた。 「何か大切な物なのかな……」 少なくともキャロ自身の私物ではない事は直ぐに解る。 何せ新しいものが少なく物持ちが良い小さな集落、この生まれた頃に彼女に与えられた箱も何世代も前から使われる骨董品だ。 ならばその神聖な雰囲気から村に伝わる祭具か何かだろうか? 「なんだか不思議な感じだし……お祭りか何かで使ってたのかも……」 お祭り……外界との交わりが少ないこの村では誰もが愛するイベント。 もちろん遊びたい盛りであるキャロも大好きだった。そう……過去形。 もうこの村の全てに関われない。もう直ぐこの村を出て行くのだから。 白き竜を従えた事、強すぎる力を獲たこと。 理由としては充分なものなのだと、どこか子供ながらに達観しているキャロは考える。 だけどソレは必死に自分を納得させるための言い訳。 「ちょっと位……着けてみても良いよね?」 重要な祭具は選ばれた者だけが、儀式の時にのみつける事を許される。 それが埃を被っていたものだろうと勝手に付ける等、普通のキャロならば考えられない事。 しかし今夜限りだと思えば、気も緩む。村に居た最後の記念に……少し位なら…… 「っ!?」 首に掛けた件の物体を瞬間、異変は起きた。 中央の目が眩い光を放ち、輪から垂れる楔が意思を持ったように揺れた。 傍らですやすやと眠っていた白竜フリードリヒが異変に気がついて飛び起きる。 数秒で光は収まり、静寂が戻る。だが子供とは言え竜の本能が、背を向けたまま静止している主に異変を感じ取った。 「キュウ……」 トコトコと歩み寄り、心配そうに見上げた先。フリードは首をかしげる。 『あれ? 私の主人はこんなに怖い顔をしていたか?』と 「クックックッ……ヒャーハッハハ!!」 「キャウン!?」 不意にキャロが上げた気政治見た笑い声にフリードは動転。荷物をまとめていたカバンに飛び込む。 そんな愛竜の様子など目にも入らないと言いたげに、キャロは顔を上げ自分の姿をまるで他人のもののように見渡す。 「おいおい、随分と可愛らしくなっちまったな~このバクラ様がよ!!」 自分をバクラと表現したのはキャロが身につけた『千年リング』に宿りし邪悪なる意思。 大邪神ゾークの欠片であり、三千年前古代エジプトで暴れていた盗賊の魂。それが今のキャロの体を動かしている。 「まったく……三千年の因縁が気に喰わない形とは言え決着したってのに。オレ様は冥界にも行けないってか!?」 怠惰さを感じさせながらも戦闘態勢を保つ姿勢、闇を切り裂く鋭い目つき、世界の愚かさを知っている皮肉った笑み。 キレイに整っていた桃色の髪はボサボサと掻き揚げ、作り置きしてあったビスケット状の保存食数枚を一気に口に放り込んでボリボリと咀嚼。 完全に粗暴な盗賊の雰囲気を纏った主人にどう対応して良いのか?とフリードがカバンの中で困り顔。 「盗賊に安寧の地獄は相応しくないってか……なら最悪の天国で楽しく遊ばせてもらうとするぜ」 自分が置かれた状況と言うのは強制的に眠ってもらった宿主 キャロの記憶から与えられた知識で容易くバクラには理解できた。 しかもこの宿主の力は前のソレを軽く凌駕する。体が子供という事で些か不満があるが、彼にとってそれを補って余りある魅力。 「そうだな……まずは宿主様に恩返しでもさせてもらうとするか?」 「グハッ!? 貴様……何者だ……」 「見てわかんねえか長老様よ~キャロ・ル・ルシエさ」 長老の居住で行われているその事態を冷静に説明できるものなど居ないだろう。 『村の長老が追放を言い渡した小娘に足蹴にされている』 余りにも異様だ。だが確かに発生している音に誰かが反応する気配も無い。 部屋を覆う夜以外に闇がそれを妨げているのだろうと長老はおぼろげにも理解した。 「キャロであるはずが無かろう……その邪悪な気配」 「邪悪だぁ? テメエに何が解るんだよ、このガキを村から放り出すテメエによ~」 嗜虐の快楽に歪むその顔は決して十歳には見えない。 奇妙で奇抜な表情はそれだけで既に『魔』として認識できそうな存在感。 首から提げた千年リングが黄金の光を放つが、ソレは闇を増す邪悪な光。 もう一度長老の腹を蹴り上げ、キャロの体でバクラは嗤う。 「ほんとにお優しい宿主だぜ、この嬢ちゃんは。 急に僅かな金と荷物持たせて『村を出て行け!』で文句一つ言わないんだもんなぁ~ だからテメエも安心して送り出せるわけだが……腹の中じゃどう思ってるかねぇ?」 「クッ! だがそれは村の平和に過ぎた力は……『ふざけんじゃねえ!!』…グフォッ!?」 「過ぎた力? 強大な力? 大いに結構なことだぜ! 問題はよ~その力を恐れるテメエの心の闇なんじゃねえか?」 『いつか手に負えなくなるのではないか?』 ソレは長老が積み重ねてきた努力を簡単にひっくり返す存在に対する解り易い恐怖だ。 後はただ村の昔の風習にでも習って理論付ければいいだけ。 痛い沈黙は肯定を意味する。鉄壁な聖者など数えるほども世界には居ない。 黙った老人の様子にバクラが浮かべるのは勝利の笑みだ。 「まっ! いまさら出て行かなくて良いとか詰まらない事は言わなくて良い。 だがよ? やっぱ……罰ゲームは必要だぜ!」 一気に光を増す千年リング、そして突きつけられる人差し指。 「罰ゲー…あぁ? 何で宿主の意思が……ちっ! 解ったよ……宿主の力が多いのも困りモノだぜ……」 だが長老が恐怖した瞬間は訪れなかった。何かと話しているらしい邪悪なものが残念そうに掲げた指を下ろす。 光も薄れ、同時に緊張の糸が解けて掻き消える意識の向こう、何時ものキャロが言った。 「ご迷惑をおかけしました」 朝に意識を取り戻して、長老が最初にしたのは後悔だった。 『あ~ぁ……せっかく自由に過ごせるかと思ったら宿主に押さえ込まれるなんてな……』 「勝手に寄生しておいてソレはヒドイです……」 「キャウ?」 あの後急遽村を飛び出してきたキャロとフリードが丘の上で一息ついていた。 そしてキャロの胸で揺れているのは千年リング。そこに居る姿無きバクラ。 基本的に彼の声は表に出ている状態でなければ、キャロ以外には届かない。 独り言を呟く主にフリードは生まれて間もない頭脳を必死に捻るが、答えが出る筈もない。 故にフリードは『主は優しい時と猛烈に恐ろしい時がある』と認識をしてたりする。 『でも良いのか? 千年リングを捨てちまわなくて』 「貴方を呼び覚ましたのも、寄生されているのも私の心の弱さ……闇だと思うんです。 ソレに対する戒めとして……残しておこうかな~なんて……」 正直な話、キャロはそこまで自分に厳しく捉えているのではない。逆に甘さ故の行動。単純に言えば『話をする相手』が欲しかったのだ。 近くの村まで子供の足で三日ほどかかる。その間は物言わぬ仔竜と森の中で過ごす。その先も知り合いも居ない見知らぬ土地で過ごすことになる。 今までも経験が無かったわけではない野宿や旅だが、それは帰る村が在ったからこそ耐えられたのだ。 「心の闇……そこまで解ってるなら気を抜くなよ。闇に食い殺されるか、闇を従えるか? 油断してると乗っ取っちまうぜ、宿主さん?」 「はいっ! 精進します!!……あの~出来れば名前で読んで欲しいんですけど……」 「あん?」 『理解できない小娘だ』とバクラは内心で首をかしげる。 こちらの力の行使すら止めて見せる力在るにもかかわらず、孤独を紛らわす存在を極悪な盗賊に求めた。 闇の力を恐れながらも、それを真摯に見て理解し、従える心意気を持っている。 「キャ……」 言いかけてバクラは猛烈に恥ずかしい感情に襲われる。 全く馬鹿らしい時を過ごして来た精神には考えられない初心な一面。 断ろうかとも思うが、流石にずっと宿主と言うのも味気ない。 浮かんだのは憎き宿敵、『王様』が宿主を呼ぶときの言葉だった。 「……まあ、よろしく頼むぜ? 相棒!」 「相棒……なんかちょっと……」 「相棒は世間知らず丸出しだからな……オレ様が生きる術を教えてやるぜ。とりあえず『盗掘』からやっとくか?」 「やりません!!」 単発総合目次へ 遊戯王系目次へ TOPページへ
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リリカルなのはFeather クロス元:超者ライディーン 最終更新 07/12/29 第0話[天女たちの事情] 第一話「覚醒する天使」 第二話 「天使VS戦乙女」 TOPページへ このページの先頭へ
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マクロスなのは 第4話『模擬戦』←この前の話 『マクロスなのは』第5話「よみがえる翼」 午前の模擬戦を終え、食堂で一息いれていたアルトに凶報が届く。 あらかた食べ終わっていた焼き魚定食と自分との前に現れたのは無機質な金槌だった。 「午後はあたしと戦え!」 そう殴り込みに来たのは隊舎内なのに、未だ赤いバリアジャケットに身を包んだ小さな少女。しかし、アルトは彼女が外見で計れないことは知っていた。 かつて六課設立記念パーティーがあったとき、食堂で珍騒動が起こった。あの時その身の丈の数十倍は巨大化した、そして今、目の前に突き出されたハンマーはなんといったか。そう、確か『グラーフアイゼン』だった。 そしてバルキリーの改修完了時、なのはの砲撃でも一撃では簡単に破れないであろうバトロイド形態の時のPPBを盛大にぶち抜いたのもコイツだった。 そんな事を思い出していると、彼女の後ろにいたもう1人が声を上げた。 「その後、私もお願いするわ」 と言う女性は茶色い地上部隊の制服を着用し、腰すら超える金髪の長髪をストレートにした女性だった。 しかし、その温和な物腰に隠しきれない戦闘意欲が垣間見える。これは彼女がこの六課で、シグナムと並んで〝バトルマニア〟と呼ばれる所以だろう。 「しかしまだ整備が―――――」 「んなん大丈夫だろ? とっとと来い!」 アルトの微々たる抵抗は有無を言わさず却下された。彼はこれを断れない自らの准尉という階級を恨んだ。 目の前の、頭に〝のろいうさぎ〟のぬいぐるみを載せた外見年齢12、3歳(実年齢はどういう訳か特秘となっていた)のヴィータが二等空尉。そして隣のフェイトは1歳違うだけなのに一等海尉(執務官は称号)・・・・・・ 「わかった!わかったからせめて飯を食わせろ」 「・・・・・よし、食ったらすぐ来いよ」 食卓との間を遠く隔てていたハンマーが退けられ、ヴィータとフェイトの2人は食堂から出て行く。 そして自身の食事に視線を戻すと、あと2口ぐらいで完食してしまうだろう定食が目に入った。 (この程度の抵抗しかできないのかオレは・・・・・・) そんなことを考えながらすずめの涙のように残った味噌汁を飲み干してやる。そしてお椀を盆に戻すとき、骨身になってしまったさばの焼き魚と目があった。それは 「次はお前だ」 と言っているような気がした。 (*) 今度の模擬戦は全てのハンデが解消され、可変にPPBに空中戦にと存分に戦えた。しかし、たまった疲労は確実に彼と機体を蝕んでいた。 エンジン出力の不安定な変動などが原因でヴィータとの模擬戦は相討ちに終わり、続くフェイトとの模擬戦は、アルトの撃墜に終わった。 (*) 格納庫へとアルトが機首向けた時、日は傾きかけていた。 VF-25は整備なしで酷使されて機嫌を損ねたのか、ガウォークの右足からは異音がする。そして遂に――――― アルトは突然の浮遊感を感じて驚いた。 警報ががなりたてている。多目的ディスプレイには大きく〝エンジントラブル〟の文字。どうやら先ほどから不調を訴えていた右舷エンジンが止まったらしい。 右舷だけだが、2基の足で空中をホバリングするガウォーク形態だったからたまらない。たちまち姿勢を崩し、キリモミ落下を始めようとする。すぐにスラストレバーを倒し、推進モーメントのバランスがとれるためエンジンが片方だけでも飛べるファイターに可変しようとするが、変形機構も言うことを聞かなかった。 ここは高度2000メートル。下界はすでに陸地のため墜落すれば大破では済まないだろう。 「イジェクト(緊急脱出)しかないのか・・・・・・!」 機体を振り返って確認する。 キリモミ落下の始まった機体を立て直すには高機動スラスターだけでは荷が重いだろう。 しかしアルトはそこで天命を受けた。翼が白い尾を引いていたのだ。それは彼にここが大気のある天体である事を思い出させた。 「そうか、空気に乗れば!」 普段から風を読むことに関して冴えた才覚の持ち主である彼は第六感とも思えるその能力で、見えないはずの上昇気流を地形、日照等から瞬時に割り出す。そして生き残った左舷エンジン(左足)と両翼を駆使してその気流へと突入して落下速度を減殺し、錐揉み方向と逆の方向のラダーを一杯に踏み込み、スティックを錐揉み方向へ目一杯倒す。また、可変ノズルと高機動スラスターもエマージェンシーモードのコンピューター制御で機体を水平にしようと青白いきらめく粒子(現在VF-25は魔力を推進剤代わりに使っているため)を噴き出す。 パイロットを含めた機体の全てのシステムが一体になって墜落を防ごうとその能力をフル活用する。そうした結果、対地距離が100メートルほどになったときにはなんとか機体は水平を維持し、高速で螺旋回転をしながら降下していた。下界の地面が迫る。 アルトは次の瞬間にはやってくるであろう衝撃に備えて呼吸を止め、身を固めた。 (着地!) まずガウォークの足が地面に触れる。もちろんいつもの垂直着陸ではないのでその足はこの形態で出しうる限界の速度で走っており、螺旋回転のエネルギーを地面とその足のサスペンションで受け止めていく。 おかげでカクテルシェイカーのように上下振動するコックピット。 ISC(イナーシャ・ストア・コンバータ。慣性エネルギーをチャージすることでその慣性を一定時間抑制する)によってなんとか〝ケチャップ〟にならず命を繋ぐアルトは意識を失いそうになりながらでも機体を保全するため可能な限りのエネルギーをエネルギー転換装甲へと回し、その生き地獄を耐える。 途中で何かに蹴躓いたら最後、高速道路の車並みのスピードでVF-25とそのパイロットの命は硬い地面に投げ出されることになるだろう。 そのパイロットが誰なのか?と考えると彼は生きた心地がしなかった。 その時、地面にある〝もの〟がその驚異的な視覚によって捉えられた。 (なんであんなとこにブロックが!?) 六課の海岸線に花壇を作ろうと大量のレンガを一時的に置いていた場所、そこへ向かってガウォーク形態のVF-25は邁進していた。 その集積所は見る見る近づいていき――――― (*) 「止まった・・・・・・のか・・・・・・?」 振動が収まり周囲を見渡す。海辺では波が揺れ、植えられた草木は風に気持ちよくそよいでいる。レンガ集積所も無事だ。そして何より、地面が動いてなかった。 トラブル発生からの時間は1分に満たなかったかもしれないが、アルトにとってそれは永遠にも思える時だった。 (*) こうしてアルトはなんとか着地に成功した。 しかしJAF(レッカー車)などないため、ヴァイスの輸送ヘリを要請。格納庫へと空輸した。 こうして搬入されたVF-25に即座に点検が行われる。整備員達が一昔前の医療用の内視鏡のようなものと、超音波スキャナーでエンジン部を点検していく。 2時間後、原因の一端が判明した。 右舷エンジンのファンが破断してズタズタになっていたのだ。これは左舷エンジンも同様で、それでも最後まで動いてくれたことにアルトはVF-25を撫でてやりたくなった。 「見たところ小石が原因ですね。午前の模擬戦で空いた穴を午後で悪化させたみたいです」 とは整備員の言だ。 どうやらそもそもの原因は、午前の模擬戦の時、転換装甲なしのバトロイドで戦闘したことにあるらしい。 推進力アップのためバトロイドでは普段シャッターで閉じられているはずのエアインテーク(給気口)を開けていたのだ。その時入り込んだ大量の小石にファンが耐えられなかったようだ。 整備員は同様の材料を使った補修材で直すことを提案したが、アルトは待ったをかける。 レンガ集積所を反射的にジャンプしてかわしたが、その無茶な運用と、ガウォーク形態で走りながら着地するという前代未聞の不時着方法によって半壊してしまった一体形成型のベクタードノズル(足)は補修材では強度に不安が残るからだ。しかし、そんな規模・設備は技研の方にしかないらしい。 そこでアルトはその許可を求めるために部隊隊長室に向かうことにした。 (*) アルトが廊下を歩いていると、途中でバッタリと、ヴィータとフェイトに出くわした。 (どう文句を言ってやろうか・・・・・・) とずっと考えていたアルトだが、予想に反して2人はすぐに頭を下げ 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 と、ペコペコ謝った。 (・・・・・・なんだ。案外素直な奴らなんだな) フェイトはともかくヴィータは階級パワーを使って 「あれくらいで壊れる飛行機の方が悪い」 とか言って逃げると思っていたため、本気で謝っている2人の様子に毒気を抜かれてしまったアルトは、文句を言うのを忘れ、さらりと2人を許して部隊長室への歩を進めた。 (*) 着いた部屋の表札には『機動六課 部隊隊長室』とある。 (そういえばはやてに会うのは2日ぶりになるのか。確か食堂で昼食を食いながら「来週までの書類処理が大変!」とか何とか言ってたな・・・・・・) そんなことを思い出しながらノックしようとした時、ドアの向こうから声が聞こえた。 『わぁ、リイン、綺麗な朝日だねぇ~』 どことなく上の空に聞こえる声。これははやての声だ。 リインとは、正式名称を『リインフォースⅡ(ツヴァイ)』といい、はやてのユニゾンデバイス(術者と融合することで、その者の魔法のパフォーマンスを向上させるデバイス。しかし彼女自身もクラスA相当のリンカーコアを持ち、単独の魔法行使も可能)で、妖精のような小人だ。 アルトは自分の認識が間違っているのか不安になって腕時計を見る。 (間違いない。今は〝午後〟6時だ) つまり、窓の外に見えている太陽が朝日であるはずがない。 『はい~、また仕事が始まるですぅ~』 今度はリインの声だ。彼女の声もどこか浮いている。しかしここで考えていても仕方ない。怪訝に思いつつも扉をノックした。 『はぁ~い、誰ですかぁ~?』 リインの声だ。彼女は普段はやての秘書をしているため、こういう返事は原則的にリインが行うことになっていた。 「早乙女アルト准尉です。八神はやて部隊長にお話があります」 『んがっ!ア、アルト君!? ちょ、ちょっとごめんな。少し待っといてや!』 答えたのはリインでなく、はやてだった。直後内側からは何かが倒れる音や、2人の悲鳴などが聞こえた。 しばし待つと、入室の許可が降りた。 「失礼します」 アルトは注意深く中に入る。そこはまさに異世界だった。 空気は完全にコーヒーの匂いに占拠され、床には所々書類の山がある。 「おはようアルト君。朝、早いんやな」 床から目を離してはやての声のする方を見ると、そこには彼女に見える人がいた。 制服はしっかり着こなしているが、気づかなかったのかサラサラであるはずの茶髪の髪がボサボサで酷く荒れている。また、役者である自分から見ても涙ぐましいほど必死に笑顔を作っているが、目の下の隈が不気味さすら漂わせていた。 (まさかコイツ・・・・・・) 「・・・・・・なぁはやて、今日が何曜日かわかるか?」 はやては突然の問いに思案顔になる。 「うん? 確か書類の処理を始めたのが月曜日の昼で、今は日付が変わったから・・・・・・火曜日やな」 「今は水曜日の午後6時だ!」 どうやら自分が食堂で彼女を最後に見てから今までの2日間を貫徹をしていたようだ。 窓には分厚い雨戸のようなカーテンがあり、それで外光を完全にシャットアウトしていたのだろう。 食事もゴミ箱に放り込まれたプラスチック包装の量から推察できた。たくさんの備蓄が消費されたようだ。 (人間のリズムが太陽の光を浴びないと狂うとはガッコ(学校)で習ってはいたが、まさかここまでとは・・・・・・) のべ48時間を越える彼女の集中力には畏敬の念すら覚えるが、おかげで頭も回らないようで、こちらの突きつけた真実に 「え!? ウチ、タイムスリップしてもうたん?」 と言っているあたり末期だ。 しかし、ここで彼女を追い詰めてもこれもまた仕方ないので早々に本題に入ることにした。 「バルキリーの本格的な修理をするために、管理局の技研に運び込みたいんだ。許可をくれないか?」 「え?まぁ、ウチはかまへんけど、どうして壊れたん?・・・・・・うちの整備員が何か粗相をしてもうたんか?」 「いや、アイツら(整備員達)は知らない技術相手に十分頑張ってるよ。それで壊れた理由なんだが実は―――――」 これまでの経緯を説明すると、彼女はすぐに頭を下げた。 「うちのヴィータがご迷惑をおかけしました」 「いや、さっき本人達から謝られたからそれはもういい。それで修理するとき機密面から俺もバルキリーに同行したいんだ」 そう言うと、はやては気の毒そうな顔をして言う。 「透視魔法に転送魔法。素粒子スキャナーにMRI(磁気共鳴映像装置)・・・・・・ウチは魔法以外のことはよく知らんから他にも色々あると思うんやけど、たぶんランカちゃんのAMFでも守りきれんで」 「じゃあ、この世界は覗き放題か。機密もあったものじゃないな」 と言うと、そこはそれ。 個人情報や機密事項を守るための守秘プログラムがあり、それは主に施設そのものやデバイスの管轄で、個人情報はデバイス、機密は施設とデバイスの双方で守るらしい。 「でも今回は、施設の所有権が向こうにあるから支援は期待出来ん。それにデバイスの守秘プログラムではバルキリーは大きすぎて現状では守りきれんのや」 そう諭すように続けるはやてだったが、あのVF-25はSMSから預かった大切な機体。このまま引き下がることはできない。 「それでもいい。同行させてくれ!」 食い下がると、彼女はあっさりと許可を降ろした。やってみればわかるということなのだろう。 ともかく同行できるだけでもよしとしよう。と思いなおすと、簡単な輸送の手続きを済ませ、部屋を出た。 (*) その後彼女たちは鏡を見たのだろう。結果として、六課の隊舎全てに響く悲鳴が発生したことは、言うまでもない。 (*) 次の日 はやての手配した大型トレーラーに載せられたVF-25は技研へ向かう。しかしそのトレーラーにはアルトの姿はなかった。 「昨日は本当にごめんね」 そう謝りながら自身の愛車を運転するのはフェイトだ。 「あぁ。なんてことはないから安心しろ」 アルトは答えると前方のトレーラーに視線を注ぐ。幸い、トレーラーにはビニールシートが掛けてあり、それをVF-25と思う人間はいないだろう。 ちなみに、フェイトは純粋にアルトを送るために乗せているのではない。もちろん償いの意味もあっただろうが、彼女のデバイスの改良は今度、大規模なOT・OTM取り入れだった。そこで、設備の大きい技研で改良及び調整をするためらしかった。 こうして2人でそれぞれ自分の世界の事などを話ながら2時間ほど車に揺られていると、ミッドチルダ一(いち)の高さを誇る『富嶽(ふがく)山』の麓まで来た。そして大した時も置かずトレーラーが門の前に到着した。 表札には『時空管理局 地上部隊 技術開発研究所』の文字があった。どうやらここらしい。 検問で簡単な確認を済ますとゲートが開き、中に入った。 入ってすぐの建物は鉄筋コンクリート製の六課よりも小さいビルで、所々ヒビが入っていた。しかし企業団の出資によって達成された予算拡大の影響か、補修と拡張工事が急ピッチで進んでいた。 VF-25を載せたトレーラーは新設されたらしい真新しい格納庫へ入っていき、自分達を乗せた車もそれに続く。 格納庫内には人間が1人もいない様だった。代わりに誘導は滑走路の誘導灯ように地面に光の道が浮かび上がり、それに沿って進むよう指示されるようだ。 トレーラーはやがて巨大な自動洗車機のような所で停まった。そしてトレーラー本体と荷台とを切り離してVF-25の乗った荷台を置いていくと、トレーラーはそのまま格納庫から出でいく。だが自分達は誘導によって格納庫内を一望出来そうな制御所の下に停車させられた。 「じゃあ帰りも送って行くから、その時は呼んでね」 フェイトは車を降りたアルトにそう告げると車を発進させ、格納庫から出ていった。 それを見送ると、トレーラーに載せられている愛機VF―25を一瞥して制御所の方を見上げた。 その制御所はそれほど大きくなく、壁にくっついた箱のように設置されていた。 そして足元にはまっすぐ伸びる光の道。どうやら地面には簡易的なホログラムテクノロジーが使われているようだ。 「・・・・・・あれに乗ればいいんだな」 光の道の終着点である制御所すぐ下のエレベーターを見つけて呟く。だがこの広さに比してのあまりの静けさに 「誰もいない格納庫は気味が悪いもんだな・・・・・・」 とSMSの整備員が整備、点検、修理と24時間体制で作業をしていたマクロスクォーターを懐かしく思いながらそこへ向かった。 (*) エレベーターはゆっくり6メートルほど登って止まる。そしてドアが開くと、白衣を着た研究者が1人、アルトを迎えた。しかし――――― (お、親父!?) その顔は自らの父、早乙女嵐蔵にそっくりだったのだ。 「こんにちは、早乙女アルト君。私はこの技研の所長をしている田所だ」 だが他人の空似のようだった。嵐蔵の巌(いわお)のような雰囲気と違って人の良さそうなそれを放っていた。 「・・・・・・よろしくお願いします」 握手を交わす。田所所長は生粋の技術屋らしい。シワの多い手には無数の傷があった。 「君の境遇は八神部隊長から聞いている。早く君の世界が見つけられる事を祈っているよ」 「はい、どうも」 しかしその静かな中、外から場違いな歓声が聞こえた。 『デカルチャー! デカルチャー!』と。 こちらの怪訝な顔に気づいたのだろう。田所が窓越しに1軒の建物を指し示す。 「今所員のほとんどが休憩の許可を受けていて、あそこに集まっているんだ。どうだ?あいつらが戻ってくるまで検査は始められないし、君も行くか?」 「・・・・・・ん、あぁ。わかった。」 1人残されても仕方ない。と、所長の後を追った。 (*) 臨時の休憩所となっている大型食堂は歓声と熱気に包まれていた。 皆一様に展開された大型のホロディスプレイの映像を見ながら声援を送っている。画面の中には自分がよく知る、緑色の髪をした少女がステージ上で歌っていた。 (そうか、ランカのセカンドライブは今日だったな・・・・・・) アルトは2日前に彼女から送られて来たメールの内容を思い出す。 ランカは六課の一員だが、現在次元世界各国でチャリティーライブを続けていた。 ちなみに、管理局の企業団の出資を含めた全予算の25%に上るライブで集まったお金は、9割近くが貧困に喘ぐ次元世界の救援物資に化けている。 「しかしなんて華(はな)だ・・・・・・」 思わず生唾を飲み込む。 容姿が、ではない。もちろんそれを否定するわけではないが、もっと、その立ち居振る舞いのほうだ。 ただ舞台に立つだけで、全ての人間の耳目を集めてしまう〝華〟。 彼女の笑顔が光の矢となって放たれる度に血が熱くなるのを感じる。 第25未確認世界を席巻していた彼女の人気は、この世界でも健在だった。 ランカの歌声は既に全次元世界を駆け巡り、超時空シンデレラの名に恥じぬ人気を叩き出している。 また、彼女によって終結した戦争、紛争も少なくない。 学者達はこの現象を『フォールド波が人の聴覚に直接作用して、理性に直接的な感動を与えている』と言う。 だがそれならフォールドスピーカーを使った全ての歌に普遍的に作用されてしまうはずだ。しかしそんな調査結果は出ていない。つまり科学的にはなかなか説明は難しいのだ。 だがアルトの様な人間には、彼女の歌がなぜこんなにも聴衆を引き付けるかわかる。 彼女の歌には、彼女を支え、愛してくれている世界に対しての無償の愛がありありと感じられるのだ。 それは人々の心の奥で忘れかけている母親の愛を連想させる。そのことが、特に戦場で荒んだ兵士達の心に響くのだ。 上からの命令で日々人を殺めたり、傷つけたりしている内に彼らは、人間より生体兵器に近くなる。そんな彼らに母の愛を思い出させるとどうなるか。 母の愛とは無論、無償の愛であり、よほど偏屈した家庭でない限りそれは自らの存在を許し、生かしてくれるものだ。それが双方敵味方を越えて存在することを思い出した彼らは、もう戦争などという愚かな事はしないのだと。 (*) 熱狂の中曲が2~3曲終わると、休憩タイムに入る。この局は国営放送だがCMを流すようだった。 人混みの中、田所とはぐれたアルトは彼を探していると、視界の端に研究員の白衣や作業員の灰色のジャンプスーツ(つなぎ)とは意が異なる茶色の服を着た女性(ひと)が写った。 「あれ、アルト君も?」 「どうやらそっちもランカ・アタックのようだな」 「うん。着いて誰もいないから、警備の人に理由を聞いたの。そしたらみんなここだって」 フェイトは苦笑を浮かべつつ言う。 『ランカ・アタック』は、第25未確認世界の『ミンメイ・アタック』に相当する。これは彼女らの歌が戦闘を止め、ほぼ精神攻撃とも取れる事からこの名がついている。 また『デカルチャー』も、第25未確認世界の言葉だ。これは元々ゼントラーディ(巨人族)の言語で、『感動』や『驚愕』を意味する。元の世界では陳腐化していたが、ここではランカが時々口にすることから彼女が持ち込んだ新しい文化として大ブレイクしていた。 「まったく・・・・・・」 ため息をつきながらテレビに向き直ると、丁度CMが変わった。 ―――――――――― 大写しになるVF-25のキャノピー。そしてどこからか流れてきた『星間飛行』と共にそれが開く。 「みんな、抱きしめて。銀河の、果てまでー!」 副操縦席で立ち上がったランカのその常套句が、労働争議中の時空管理局本部ビルに響き渡った。 直後曲をBGMに、画面が切り替わる。 「テレビの前の皆さんこんにちは。ランカ・リーです!」 ステージ衣装を身に纏ったランカが挨拶した。バックには、時空管理局のエンブレムが躍る。 「時空管理局は平和を守るっていう、すっごい大切な仕事をしています!だけど・・・・・・」 声と緑の髪が落ち込むようにシュンとなる。そこでランカの肩に手が置かれた。 手を置いた彼女は今、隣でその人が着ているような地上部隊の制服ではなく、本局の真っ黒な執務官の服を着ている。 「でも今、管理局の地上部隊は人材不足に陥っています」 そこに今度は陸士部隊の礼服を着て、画面右側から出てきたはやてがフェイトの後を継ぐ。 「地上部隊はランカちゃんのおかげでだいぶ待遇も改善されたで。それに今なら重要なポストもけっこう空いとるよ!」 「来たれ勇士達。私達は、あなた達を待っている!」 最後にバリアジャケット姿のなのはが画面上からやってきて、アップと共にレイジングハートを〝ズバッ〟とこちらに向けて大見得を切った。 「「みんなのミッド、みんなで守ろう!・・・・・・キラッ☆」」 最後に4人の声が唱和し、同時にやってきたBGMに合わせ〝なぜか〟決めポーズ。 画面がまた切り替わる。そこにはまた大きく時空管理局のエンブレムが描かれていた。 そこにランカの声が重なる。 「こちらは時空管理局広報です」 ―――――――――― 冒頭の労働争議の映像はその時撮られたものではない。1週間前に時空管理局広報部から正式に依頼されてホログラム場で再現したものだ。そのためこのCM撮影は、六課も全面的にバックアップしていた。 しかし完成版のCMを初めて見たアルトは苦笑した。 ランカは台詞を頭で演じているようだ。多分台本通りに読んでいるのだろう。これではあまり聴衆の深層心理には訴えられない。 しかし、他3人の訴えには心がこもっていた。やはりまだ来てから1ヶ月では、日々実感するであろうはやて達3人にかなうものでもなかった。 「思わざれば花なり、思えば花ならざりき・・・・・・か」 だが、これらの考察はアルトレベルの同業者にしかできるまい。 事実、周囲の人々は、 「いいぞ!ランカちゃん!」 「フェイトさん最高!」 「「デカルチャーッ、デカルチャーッ!」」 等々やんや、やんやの大騒ぎだ。 (いや?待てよ・・・・・・「フェイトさん最高!」って言ったか!?) しかし、気づいた時には遅かった。もっと早く気づくべきだったのだろう。ランカが来る前、管理局の『3大美少女オーバーSランク魔導士』として名を馳せていた『はやて』、『なのは』と並んで『フェイト』がいたことに。 振り返るとそこに麗しき金髪の魔導士の姿はなく、奥の方で席に座らせられ、困った顔でペンをサラサラと動かしていた。また、時折シャッターの閃光が彼女を白く包む。 フェイトはこちらと目が合うと、助けて欲しそうな魅惑的な視線を送ってくる。しかしアルトは、胸の前で十字を切って合掌すると、さっと身をひるがえして離脱した。 不利な体勢になったら推力を生かして戦線離脱!混戦から抜ければなんとでもなる! それが空戦のセオリーだ。 そんなアルトの戦線離脱に、フェイトは色紙に次々自分の名を書き込んでいく作業と、記念撮影をせがんでくる所員たちの要望に応えながら、小さな声で呟いたという。 「アルト君の意地悪・・・・・・」 (*) フェイトの臨時サイン会が中断したのはCMタイムが終了したためだった。所員たちは再びテレビの前に集い、ライブ会場に画面が戻ったテレビがそこの人々の熱気を放射する。 現在セカンドライブは、首都クラナガンの中央にあるクラナガンドームで開かれている。そこは普段公式野球に使われるため十二分に広いはずだったが、グランドから客席まで人で埋め尽くされていた。 絶えることのないランカを呼ぶ声。そして彼女が舞台袖から出てくると、それは一気に歓声に変わった。 ランカはその歓声を手を上げるだけで制すると、そのままマイクを〝空中〟から掴み出し歌い始めた。 <ここは『What ’bout my star? @Formo』をBGMにすることを推進します> 〝Baby どうしたい 操縦? ハンドル キュッと握っても―――――〟 彼女のクリアなア・カペラが世界を静寂に引き戻した。しかし、観客は次第にリズムに乗って体を揺らす。 少女はスポットライトに照らされながら、歌い続ける。 緑の髪が別の生物の様に躍って、汗の粒がきらきらと宝石のようにきらめく。 そしてそのメロディがサビになる頃には観客は総立ちで跳び跳ねていた。その動きは、クラナガンの地震計に記録されるほどだったという。 また、待機していた空戦魔導士達がサビ突入と同時にスタントを開始した。 魔導士達は2サビ突入寸前の歌のカウントに合わせて技を披露し、ゼロと同時に全方位にパッと散って美しい軌跡で花を添えた。 ・・・・・・しかし、聡明な読者ならもうお気づきだろう。 『なぜランカの歌という超強力AMFのなかで飛べるんだ?』と。 その秘密は、彼女が空中から取り出したマイクにある。 実はこのマイクはシャーリーの作ったデバイスなのだ。このデバイスは、待機中はブレスレット状態なので、空中から取り出したように見える。 また、攻撃的な装備はないがその他の装備は充実している。 ステージ衣装は言わずもがな、バリアジャケットであるし、バルキリーと同種のフォールドアンプやフロンティア移民船団の装備していたのと同じオーバーテクノロジー系列の全方位バリア『リパーシブ・シールド』。そしてインテリジェントデバイスのため、術者であるランカが歌に集中していても防衛機構は全自動運転できる。 中でも特筆すべきなのは『SAMFC(スーパー・アンチ・マギリンク・フィールド・キャンセラー)』と呼ばれる機構だ。これは不規則に変化するランカのサウンドウェーブの周波数を、体内を流れる電気信号から推測。推測した周波数を周囲の友軍のデバイスにデータリンクを通して伝え、そのAMFをキャンセルするという画期的な装備だった。 これにより六課をはじめとする管理局は、対魔法、対魔導兵器戦では強力なアドバンテージがあった。 その後彼女のセカンドライブは1時間以上続いたが、誰もが時間を忘れて聞き惚れていた。 シレンヤ氏 第5話 その2へ
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第7話「超獣の来襲」 「人の持つ負の心を力に変え、生きる悪魔か……」 時空管理局本局。 グレアムは自室にて、リンディから渡されたミライについての資料を眺めていた。 彼はヤプールと呼ばれる異世界人との戦いの末、異世界の崩壊に巻き込まれこの世界に来たという。 その時、ヤプールも彼と共に次元の裂け目に落ちたという……グレアムは、危惧していた。 もしかするとヤプールは、ミライと共にこちら側へとやって来ているのじゃないかと。 次元の狭間に落ち込んだとき、ヤプールは瀕死の重傷を負っていたというが…… ミライが言う限りでは、ヤプールは完全消滅させる事が不可能な、邪悪の化身という。 瀕死の状態から復帰する事は、不可能ではない筈だ。 もしも危惧している通りの事態になれば、管理局はヤプールと激突する事になるだろう。 超常の存在たるウルトラマンでさえも苦戦を強いられた強敵……はたして、勝てるのだろうか。 「……いや、あるかどうか分からない事を考えていても仕方ないな。 今はそんなことよりも、もっと大切なことがあるのだし……」 自分が知る限り、最悪のロストロギアである闇の書。 本日付で、教え子であるクロノ達の部隊がその捜索担当に当たる事になった。 恐らくこの事件は、本局にも―――自分のところにも協力要請がくるであろう程の規模になるだろう。 事実、過去にそれは起こった。 大切な友人を、多くの仲間を失うことになった……忌まわしき闇の書事件。 闇の書は、決して滅ぼす事が出来ない禁断のロストロギア……奇しくも、ヤプールと同じ性質を持っている存在である。 時空管理局が闇の書を取り扱うのは、実は今回が初めてではなかったのだ。 あの悲劇だけは繰り返させてはならない。 「そういえば……元気にしているだろうかな。」 実はグレアムは、闇の書に関する調査を、前事件の終結後にも極秘で続けていた。 あの事件の所為で多くのものを失ってしまったのだから、無理も無い行動である。 そして、これはつい最近の事なのだが……調査を続けているうちに、グレアムはある一人の男とで出会った。 出会ったのは、過去に起きたこれまでの闇の書が関わる事件に関しての聞き込み中。 その男は、自分と同じ―――闇の書によって、仲間を失った者であった。 それ以来グレアムは、その男と共に秘密裏に事を進めていたのだが……最近、彼と直接顔をあわせていない。 色々と忙しく、直に会う機会が無かった為であるが…… 「ウルトラマンの事、話したら驚くだろうかな…… また、ゆっくりと酒でも飲みながら話したいものだ。」 今も自分と同じく、闇の書に関する調査を続けているであろう友人を思う。 彼の様な者の為にも……自分が、頑張らねばならないのだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「いただきまーす♪」 丁度その頃であった。 ハラオウン家では、引越しの後片付けもすっかり終わって、夕食の最中であった。 勿論、夕食は引越しそば。 なのはとユーノの二人もお邪魔して、ご相伴させてもらっている。 すずかとアリサにも誘いはかけていたのだが、残念ながら用事の為に不在である。 なのはとフェイトにとっては、少しばかり残念だった。 まあ、二人とは昼間の内に一緒に過ごす事が出来たのだし、良しとしよう。 それに……明日からは、四人揃って同じクラスで学校に通う事になるのだ。 共に過ごす機会は、これから幾らでもある。 「ふぅ……おそばって初めて食べたけど、美味しいですね♪」 「え……ミライさん、食べた事ないんですか?」 「うん、僕が地球にいたころには、食べる機会がなくってね。 本当、地球って美味しいものが多くていいなぁ……」 「そうだったんですか……でも、気持ちは分かりますよ。 私達も駐屯任務とかで、現地の見たことも無い食べ物を食べた事が何回かありますし……」 「まあ、不味いものにあたることも何度かあったけど……去年のアレとか。」 「ああ、アレかぁ……アレは悲惨だったよねぇ……」 「アレって……?」 「そうだなぁ、なのはちゃん達にもわかりやすいように言うと…… 納豆とクサヤと発酵ニシンを足して三で割ったみたいな、とんでもない臭いの食べ物?」 「……え゛?」 一つ一つだけでも結構強烈な臭いを持つ食べ物ばかり。 それを足して割るって、一体どんな代物なんだ。 リンディ達の表情から察するに、どうやら味の方もアレな出来だったらしいが…… これでは、折角のそばの味も悪くなってしまう。 何とか、状況を変えねばなるまい。 そう思っていた……その矢先だった。 ピピピピピ…… 「あれ……?」 「この音……通信?」 「あ、私の部屋からだ。 ちょっと行って来るね。」 「はいはーい、エイミィですけど。」 「あ、エイミィ先輩。 本局メンテナンススタッフのマリーです。」 エイミィ宛の通信は、時空管理局本局からのものであった。 引っ越し祝い……という様子ではなさそうだ。 どちらかというと、かなり困った顔をしている。 「うん、どうしたの?」 「実は、預かってるインテリジェントデバイス2機なんですけど……なんだか、変なんです。 部品交換と修理は終わったんですけど、エラーコードが消えなくって……」 「エラーって、何系の?」 「必要な部品が足りないって……このデータです。」 「えっと、何々……え?」 送られてきたデータを見て、エイミィは唖然とした。 そのエラーコードに記述されていたのは、予想外の一文だった。 それは、本来ならば絶対に出ない筈のエラーコード。 『エラー解決のための部品、”CVK-792”を含むシステムを組み込んでください』 「これ……何かの間違いですよね? 二機とも、このまま情報を受け付けてくれなくって……」 「……レイジングハート、バルディッシュ……本気なの? CVK-792……ベルカ式カートリッジシステム……!!」 エラー解決用の部品。 それは何と、自分達の敵が用いていた代物―――ベルカ式カートリッジシステムだった。 2機がどうしてこんな要求をしてきたのかは、容易に想像がつく。 ヴォルケンリッターとの戦いにおいて、なのはとフェイトは手痛い敗北を負わされた。 その最大の敗因は……デバイスの性能差が大きかったから。 そしてそれが最も悔しいのは、他ならぬデバイス達自身だった。 自分達の力不足の為に、持ち主を傷つける事になってしまった。 もう二度と、あんな事態を起こさないためにも……2機は、この決断を下したのだ。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「ふぁ~……」 翌日、早朝。 八神家では、一番最初に目を覚ましたはやてが、朝食の準備をしていた。 リビングの方を見てみると、シグナムがソファーに座ったままの体勢で眠っていた。 はやてはそんな彼女を見て微笑み、作業に戻ろうとする。 すると、その瞬間に丁度よく、彼女は目を覚ましたのだ。 つられて足元にいたザフィーラも、一緒に目覚める。 「んっ……」 「ごめんなー、おこした?」 「あ、いえ……」 「シグナム、ちゃんとベッドで寝なあかんよ? 風邪引いてまうやんか。」 「す、すみません……」 「ふふ……はい、ホットミルク。 あったまるよ……ザフィーラの分もあるよ、おいでー。」 「では……」 用意しておいたホットミルクを二人に手渡す。 程よい温度になっており、飲めば十分あったまるだろう。 その時、ドタバタと音を立てながら二階からシャマルが降りてきた。 そしてその後ろから、欠伸をしながらヴィータがついてくる。 「すみません、寝坊しちゃいました~!!」 「おはよう、シャマル。」 「はやてちゃん、ごめんなさ~い!!」 「ふぁ~……」 「ヴィータ、めっちゃ眠そうやな……」 「うん、ねむい……」 「……そういえば、アスカはまだ寝てるのか?」 「みたいですね……」 どうやら今日も、一番最後はアスカの様である。 これで四日連続のびりっけつだ。 仕方がないと、シグナムは立ち上がり彼を起こしにいこうとする。 すると、そんな彼女の行動を予知したのかどうかはしらないが、アスカが部屋へと入ってきた。 「ぅ~……おはよ、皆。」 「おはよう、アスカさん。 すぐ朝ごはん出来るから、待っとってな~」 「ありがと、はやてちゃん……じゃあ俺、郵便受け見てくるわ。」 「は~い。」 アスカは瞼を擦りながら、玄関へと向かう。 至って平和で平凡、しかしそれでいて幸せな朝の光景。 こうして過ごしていると、戦いのことを忘れさせてくれる。 そう……こんな日々こそが、自分達の目的なのだ。 「……あたたかいな。」 必ず、手にしてみせる。 大切な主と、大切な家族との日常を…… ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「はい……ありがとうございます、レティ提督。」 そして、時刻は昼頃になる。 ハラオウン家では、学校にいるフェイトと、買い物中の為不在のリンディとアルフを除き、全員が作業に取り掛かっていた。 クロノは本局との連絡等を、エイミィは周辺探査ネットワークの整備を。 そしてミライは……メビウスに変身して、ベランダにいた。 彼は仲間との連絡がつくかどうか、一か八かで試している最中だった。 事件解決まではこの世界で戦うことを決意したとはいえ、流石に連絡の一つも入れないのはまずいからである。 手を上空へと向け、光を発した。 すると空に、光の国で使われている特殊な言語―――ウルトラサインが浮かび上がる。 普通の人間には、それを見ることは出来ない。 一部の怪獣や宇宙人、そしてウルトラマンでのみ、ウルトラサインを目視することは出来るのだ。 これを使い、ウルトラマン達は緊急時に連絡を取るのである。 別世界であるから、果たして仲間達がその存在に気づいてくれるかどうかはわからない。 だが、やらないよりかはマシである。 ミライは変身を解き、そして部屋の中へと戻っていった。 勿論、この時の彼の姿は誰にも見えていない。 ばれない様、ちゃんと細心の注意を払ってミライは行動している。 「ウルトラサイン、一応送ってみました。 これで兄さん達が気づいてくれるかどうかは、まだ分かりませんけど……」 「ん、OK。 クロノ君の方は、どうかな?」 「グレアム提督とレティ提督の根回しのおかげで、武装局員の中隊を借りられた。 捜査を手伝ってもらえるよ……そっちは?」 「良くないね……夕べもやられてる。 今までより少し遠くの世界で、魔導師が十数人と野生動物が約四体。」 「え、野生動物ですか?」 「魔力の高い、大型生物。 リンカーコアさえあれば、人間でなくてもいいみたい……」 「へぇ~……あ、でも考えてみたら、ユーノ君とかアルフさんも……」 「いや、それはちょっと違うよミライ君。」 エイミィはスクリーンに映像を映し出し、襲われた大型生物の映像を出す。 ユーノやアルフとは、はっきり言って程遠い外見の相手ばかりである。 確かにこの二人は、こっちに来てから動物形態で過ごす事が多いが、一緒くたにしたら可哀想だ。 しばらく行動を共にして分かったが、ミライはかなり天然が入っている。 素直で純粋なのはいいが、こうどこかが普通の人とずれているような感じである。 「まさになりふり構わずだな……」 「でも、闇の書のデータを見たんだけど……何なんだろうね、これ。 魔力蓄積型のロストロギアで、魔導師の魔力の根元となるリンカーコアを喰って、そのページを増やしてゆく……」 「全ページである666ページが埋まると、その魔力を媒介に真の力を発揮する……次元干渉レベルはある力をね。」 「本体が破壊されるか、所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生する……と。」 「様々な世界を渡り歩き、自らが生み出した守護者に護られ、魔力を喰って永遠を生きる。 破壊しても、何度でも再生する……停止させることのできない、危険な魔導書。 それが、闇の書だ。」 「……絶対に消す事が出来ない存在。 まるで、ヤプールみたいだな……封印とか、そういうのは出来ないの? 兄さん達は前に一度、ヤプールを消滅させるのは不可能って考えて、封印に踏み切った事があるんだけど……」 「今までにも、それを試した人はいるみたいなんだけどね。 あまりに闇の書の力が大きすぎて、封印するのが無理だったみたいなんだ。」 ミライは、奇しくもグレアム提督と同じ感想を抱いていた。 何度滅ぼそうとも、執念を以て地の底から蘇る不死身の悪魔ヤプール。 何度消滅させようとも、転生を繰り返し永遠に行き続ける闇の書。 この両者は、どこかが似ている。 そう考えてみると……この戦いは、決して他人事ではないと思えてしまう。 ここまで首を突っ込んだ時点で、既に他人事では勿論無いのだが……どうしても、重ねてしまうのだ。 闇の書と、あの悪魔とを。 「だから私達にできるのは、完成前の闇の書を捕獲する事になるね。」 「あの守護騎士達とウルトラマンダイナを捕獲して、さらに主をひきずり出さないといけない。 ……かなり、厳しい戦いになるだろうな。」 「そうだね……守護騎士達はなのはちゃんやクロノ君達、魔道師組が相手するとして。 当然ダイナは、ミライ君に割り当てられちゃうよね……勝算ってありそう?」 「はっきり言うと、分かりません。 僕も、そしてダイナも……この前の戦いだと、出さず終いに終わったのがありますから。」 ウルトラマンダイナは、恐らくあの戦いではまだ本気を出してはいない。 何か隠し玉があるに違いないと、ミライは直感的に感じ取っていた。 そしてそれは彼も同じ……メビュームブレードにバーニングブレイブと、ダイナに見せていない力がまだある。 次の戦いでは、ダイナも本気で来るに違いない……力を使わなければならないだろう。 ダイナの実力が未知数なだけに、ミライは少しばかりの不安を覚えていた。 だが……戦う前から、マイナスなイメージを持っていては駄目だ。 ミライは気を奮い立たせ、はっきりと答えた……己の、勝負に向けての意気込みを。 「でも……僕は勝ちます。 必ず、勝ってみせます……!!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「……ウルトラマンダイナ、か。」 黒尽くめの男は、建物の屋上に立って風景を眺めていた。 その視線の先にあるのは、闇の書の主―――八神はやて。 彼女は今、アスカに車椅子を押されながら、友人であるすずかと楽しそうに話をしていた。 その様を見て、男は全てを察する。 調べによれば、はやてには家族が一人もいないという。 その為、ヴォルケンリッターがその元に現れるまでは、一人暮らしだったはず。 だが……今車椅子を押しているアスカは、ヴォルケンリッターではない。 なら、彼が何者であるかはすぐに分かる。 先日の戦いで、守護騎士と共になのは達と対峙していた、あのウルトラマン―――ダイナだ。 「何故、奴が闇の書側にいるかは分からんが……頃合を見て消すべきだろうな。 最悪の場合でも、ヴォルケンリッターどもは操ろうと思えば操れる……一番厄介なのは敵は奴だ。 ……いや、奴だけというわけではなかったな。」 時空管理局―――特に、先日メビウスと共に現れた者達はかなりの凄腕だった。 最後に放たれたスターライト・ブレイカーが、その全てを物語っている。 実力が分かっているメビウスは別にして、他の魔道師達が全員、あのレベルはあるとすれば…… 「……闇の書を一気に完成へと導けるな。」 男の手から、どす黒いガスが噴出す。 そのガスの見た目は、彼が使役する寄生獣―――ガディバに酷似していた。 だが、それはガディバではなく……そもそも、生物ですらなかった。 そのガスを眺め、黒尽くめの男は微笑を浮かべる。 「ほう、もうページは半分を超えている……あの白い魔道師だけで、随分と稼げたものだな。 全員分を吸収できれば、間違いなく闇の書は完成する……」 リンカーコア自体は、死亡した生物からも採取は可能。 そろそろ、本格的に動き出しても問題は無いだろう。 唯一不安要素があるとすれば、やはりメビウスとダイナになる。 特にダイナは、実力が未知数……慎重に相手せざるを得ない。 手のガスが、より勢い強く噴出される。 とてつもなくどす黒い……暗黒という呼び名に相応しい色だった。 「さて、どう始末をつけてくれようか……」 「じゃあね、はやてちゃん。」 「うん、すずかちゃん、またね。」 「帰り道、気をつけてね。」 日も暮れ始めた頃、三人は帰路に着いた。 アスカは嬉しそうなはやての様子を見て、笑みを浮かべている。 今度の休みに、すずかが家に遊びに来てくれることになったのだ。 今から、その日はどうしようかと、はやては色々と考えていた。 「じゃあ、俺達も帰ろっか。 きっと皆、待ってるだろうしね。」 「うん。」 車の助手席にはやてを乗せ、アスカも運転席に座ろうとする。 だが……その時だった。 アスカの全身に、強烈な悪寒が走った。 例えるならば、喉元に刃物を突きつけられたかのような感じ。 額から、冷や汗が零れ落ちる。 とっさにアスカは、後方の建物―――黒尽くめの男がいた場所へと振り向いた。 だが、そこには……誰もいない。 「!?」 「……アスカ、さん?」 「あ、いや……ごめん。 なんでもないよ。」 「そっか、ならよかった。」 (……なんだ、今の……嫌な感じは……?) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 戻る 目次へ 次へ